「心のブロック」のせいで、なかなか証明できなかった公式。 Iは単位行列。A,Bは任意の正方行列。 |
2012年8月31日金曜日
行列の三角化:固有値と行列式の計算
量子力学をやっていると、たくさん固有値問題を解くことになる。また同じように、行列式もたくさん計算する。行列式を計算する手法はいろいろあるが、数値的にこれらを計算するときには、たいてい固有値を求めてから行列式を計算する。これができるのは、三角行列の対角要素が固有値になっているのと同時に、その積が行列式に等しくなるという性質があるからだ。
行列の対角化は、行列の形式によっては出来る場合があったり、出来ない場合があったりするが、行列の三角化は必ず実行できる。「一般の行列」の固有値計算というのは、量子力学ではあまり行わないので、「行列の三角化」については、あまり注意を払って来なかった。
もう少し詳しく書くと、観測量は実数でないといけないが、量子力学ではそれを保証するために、対応する力学変数(演算子)はエルミートでなければならない、という制約が課される。したがって、エルミートな行列の固有値問題を専ら解くことになる。エルミートな行列は常に対角化可能だから、三角化のことなど考えなくてもいいのだ。(もちろん、固有状態も計算したいから、三角化だけでは不満足。)
一方で、教養の数学で習った線形代数では、三角化についてや、対角化可能性についてくどいほど説明がある。学部学生だった頃、「どうせエルミート行列の固有値問題しかやらないんだから、三角行列なんてどうして勉強するんだろう?」と疑問に思った。実は、多体問題をやっていると、行列式だけが必要で、固有値自体や固有状態が不要の場合が結構ある。こういうときは、なんでもかんでも対角化するのではなく、三角化して固有値だけを求めれば済む。しかも、こういう場合に登場する行列はエルミートでもユニタリーでも直交でもなんでもない、一般の行列だったりする。こういうときに、三角化の知識は使うのだ。
行列の次元を2倍に増やして、物理の問題を定式化する場合がある。例えば、超伝導や超流動のような対相関がある多体系の物理だ。2倍に次元を増やすだけで、公式が綺麗になる。しかし、この理論をもとに数値計算を行うときは、2倍次元のままでは「不便」な場合もあるので、元の大きさに次元を「圧縮して」計算したい。そういう場合には、次のような公式が便利だ。
AやBは、もともとの物理的な次元(nとしよう)をもった行列とし、それを積み重ねることで、2倍次元の行列を理論構築のためにつくったとする。このとき、AとBを互い違いに重ねた行列の行列式(上式の左辺)は、オリジナルの行列の和と差の行列式の積となる。
この公式の証明には、三角行列を用いる。左下にあるBの部分を、行列の線形性を利用して0にし、(ブロック)三角行列へと変形するのだ。途中の計算を省略すると、
となって、題意は証明される。正直とてもきれいな公式だと思う。
同じように、三角行列を使った方法を用いて、ブロック行列の行列式の公式を証明することもできる。これはLU分解という方法の応用で、任意の行列を、下三角行列と上三角行列の積に分解する方法だ。こういう便利な公式は見ていて楽しい。このホームページにはそういう公式が列挙されているので、大変参考になる。
2012年8月21日火曜日
2012年8月19日日曜日
東京の微地形
そこで最近は東京の地形についての勉強を行っていた。実は、「東京の高低差を知る散歩」が最近巷で流行っているそうで、驚いた。実際、神田(神保町)の本屋に行ってみたら、関連する本がうず高く詰まれていた。雑誌でも取り上げられている程で、これほどまでに注目を浴びているとは知らなかった。(しかし、セシウム汚染との関連性についてはまったく議論はなされていない。)
数冊、江戸/東京地形学に関する本を購入して読んでみた。東京の凸凹がどうしてできたのか、簡単な説明があった。例えば、セシウム汚染の高かった東大本郷キャンパス。ここは、上野の不忍池や、神保町のある神田、あるいは東京ドームのある水道橋の辺りから見て随分高台にある。この高台は本郷台地と呼ばれているそうだ。この台地は、2つの川によって地面がえぐりとられた河岸段丘のようなものらしい。そのひとつは、不忍池に流れ込んでいた古石神井川(あるいは入間川)という川。もうひとつが、現在九段下あたりを流れる日本橋川(旧平川あるいは小石川)に対応するもの。
東京の大地は、周期的に訪れる氷河期によって海面下に水没したり、陸地化したりを繰り返しているらしい。(つまり、温暖化によって極地方の氷が溶けると、水没する可能性が高い。)氷河期になると、陸地化し、河川によって谷が刻まれる。その途中で、温暖化(間氷期)が始まると再び水没して、谷は土砂によって埋められ平らな海底地形となる。この繰り返しにより、地形が複雑に入り組んで出来上がったのが現在の東京の凸凹だということだ。
この凸凹地形は、5m程度の精度で等高線を張らないと見えて来ないので、通常の地図では見えにくい。そこで、google earthを利用して、微妙な東京の高低差を表現したのが、この「Ground Interface」というサービスだ。その表現力は素晴らしい。これからの研究に生かしていこうと思う。
Ground Interfaceを利用した 東京の凸凹地図 |
2012年8月18日土曜日
がれき処理によるアスベスト被害
発がん性の高いアスベスト(石綿)を吸い込むと、胸膜(肺の周辺の膜)に腫瘍が発生する確率が高まる。悪性の場合、手術をしても回復する見込みは少なく、ほとんどの人は数年以内に死亡してしまうという。
アスベストは「時限爆弾」と呼ばれているように、吸い込んでから発症するまでに数十年の歳月がかかる。この男性も20代だったころに神戸の瓦礫処理に参加し、40代になった今、ついに発症した。そして、彼の人生はもうあと少しで幕を閉じることになるのだろう。
神戸の地震があった1995年はバブル直後の頃だ。社会党と自民党が嘘のような連立政権を組み、社会党の村山氏が短命の総理大臣になった時分だ。社会党はこの致命的な判断ミスによって、崩壊してしまった。かつては野党第一党の勢力を誇ったにもかかわらず、その系譜を次ぐ社民党は、もはや「風前の灯火」状態となってしまった。致命的なミスは大きな代償を伴う、といういい例だろう。村山氏の後、総理大臣になった橋本氏や小渕氏はバブルの後始末に失敗したまま、もう他界してしまった。また、村山氏ももうじき90歳だ。つまり、この当時に政権を運営していた人々は(政治家のみならず、官僚も)もうとっくに引退、あるいはあの世へいってしまった。瓦礫処理のせいで命を縮められた「若者」は、単に捨石になってしまったように見える。
今回の大地震の瓦礫にも当然アスベストは入っている。津波に洗われた瓦礫には、神戸にはない重金属や化学薬品もふくまれているだろう。そして、なにより東電の福島第一原子力発電所から飛び散った「死の灰」が含まれている。神戸の場合ですら、瓦礫処理で「犠牲者」が20年後に出ているのだから、今回の瓦礫処理はもっと恐ろしい事になりそうな気がする。
現代の日本人は失敗から学べないから、捨石となって切り捨てられる、不幸な「正直者」が、苦しみ後悔する日が数十年後にきっとやってくるだろう。(とはいえ、国民の最近の意識の高まりは希望の灯だ。もしかしたら、わたしたち国民自身の手で、誤ったやり方を是正し撤回し、正しい未来が築かれる可能性もあるだろう。そうなることを切に願う。)
2012年8月6日月曜日
NASAの火星探査ロボ、火星に着陸成功!
というのは、このロボはとても大きいので、パラシュートや衝撃吸収クッションなぞでは減速が足りず、墜落に近い形になってしまって、うまく着陸できないのだ。したがって、火星着陸には、パラシュートを始めロケットエンジンなどの減速装置を組み合わせ、そらにスカイクレーンと呼ばれる、空中にロケットホバリングしながらロボを地面まで吊り下ろすシステムなどが必要になった。この複雑な着陸システムについては、NASAの"Seven minutes of Terror"というビデオをみるとよく理解できるだろう。
しかも、半年以上もの長期にわたる道中、宇宙空間を飛び交う高い放射線環境や、機械が凍り付くような極低温環境を、このシステムは切り抜けなければならない。システムの再起動というのは、本当に難しい作業だ。しかもそれをすべて自動でやるというのだから、冒険以外のなにものでもない。こんなプロジェクト、日本の科研費に申請したら、まっさきに蹴落とされてしまうだろう。とにかく、NASAのチャレンジ精神には恐れ入った。
今、火星の表面には乗用車の大きさほどの巨大な探査ロボが、半年の眠りから醒め、活動を始めた。その姿を想像しただけで鳥肌がたつ。しかも、火星の別の場所には、このロボの先輩たち(ローバーと呼ばれる)がもう10年近くも前から活動し続けている。極限状況におけるシステム構築など、アメリカの高い技術力には脱帽だ。
先輩ロボたちは偉大な発見を次々と成し遂げただけでなく、未だに現役で活動している。ただ、太陽電池に頼っているため、砂嵐のきつい「冬」の期間にはバッテリーが消耗し、冬眠せざるをえない。新しいキュリオシティは、プルトニウム238による原子力電池で駆動するので、半永久的に活動し続けることが可能だ。その高い活動能力によって、火星の生命についての大きな発見がなされるのは時間の問題かもしれない。期待したい。
2012年8月4日土曜日
「日本の原発、どこで間違えたのか」を読む:双葉町について
「日本の原発、どこで間違えたのか」 内橋克人著 朝日新聞出版(2011年4月)
この本は原発事故直後に出版されたが、実は「原発への警鐘」という1986年に出版された本の復刻本だ。
この本をよむと、1986年から数え25年近くも無視され続けて来た「警鐘」が、いかに正しかったか身に染みてわかる。そして、日本国の官僚と政治家、そして産業界がいかに国民を愚弄してきたかよくわかる。誰もが一度は目を通すべき本だろう。
まずは、最初の章に出て来た、双葉町のケースについてメモっておこう。第一章の最後の項に「反乱空しく」という個所がある。ここに興味深いことが書いてあった。それは、ヨウ素剤の備蓄に関しての報告だ。
双葉町には福島第一原発がある。その建設を誘致したのが、当時の町長だった田中清太郎氏。1963年から1985年までの20年以上に渡って双葉町の町長を勤めたが、その本業は土木建設業で、田中建設の創業者であり社長だった人物だ。
敗戦した日本人はよく頑張って働いたが、それは間違ったやり方でやってしまったと思う。自然という一番大事なものを壊すことで、手っ取り早く(焦ったやり方で)稼いだのが「列島改造」の中身だ。あたかも自分の内臓を売って、金儲けをしたようなものだ。心臓が一番高く売れただろうが、1億円の札束を握ってニヤつきながら息を引き取るなんて、馬鹿も甚だしい。1960年から加速した「列島改造」という馬鹿げた活動は、まさにこれに相当すると思う。
双葉町というのは、その土建業の代表みたいな人が町長を長く勤めていた町だったようだ。住民が選んだわけだから、福島の今の苦しみは、この町長のせいだけじゃないのも明らかだ。とはいえ、この町長こそが、原発を福島に持って来た張本人の一人だった。それは結局、目先の「一億円」に眩んで、自分の心臓を売り払ってしまったようなものだ。心臓を売ったわりには、意外に長生きで50年近くはもったけれど、今から考えれば「一億円」なんて自分の心臓の価値に比べたら端金だし、50年なんて蜻蛉の一生みたいなものに思える。福島の美しい自然はこの先数百年、下手すると数万年の単位で壊されてしまった。たかが、50年の「繁栄」のために。
さて、この土建業が本職の町長は、全国原子力所在地市町村協議会の理事だったり、福島県原子力発電所在地町協議会の会長だったりもして、全国を歩いては原発の素晴らしさを宣伝して回ったようだ。この姿、今の大飯町や御前崎市の政治家や役人たちと似てるような気がする。原発が爆発して深く後悔した福島の人々のように、このまま原発が動かされ続けるならば、福井や静岡の人たちが同じように後悔する日がくるのは確実だろう。なんといっても、静岡には東海地震がいずれはやってくるし、福井の地下には活断層がたくさん走っているわけだから。
さて、昭和57年12月の昔、双葉町の町議会で「ヨウ素剤の備蓄」を巡って議論があった。ヨウ素剤というのは、今回の事故でも取り上げられたが、強い放射能をもつヨウ素131による内部被曝から甲状腺を保護するために内服する。ヨウ素131の半減期は8日だから、事故直後に急いで服用する必要がある。
ここで誤解しがちな点をひとつ指摘しておこう。半減期が8日と短いヨウ素131は放射能が高いのか、それとも低いのか?答えは「高い」だ。放射能というのは放射線を出す能力のことだから、半減期が短い程、短期間にたくさんの放射線を放出する。大雑把にいって、半減期というのは、フレッシュな作り立ての原子核があったとして、それが放射線を出すまでの時間だと考えることができる。半減期が1秒のものより、半減期が1年の放射能物質のほうが「安全」なのは直感的にも理解しやすいだろう。そういう観点からすると、何億年という半減期を持つウランの未使用核燃料よりも、セシウム137やヨウ素131といった死の灰にまみれた「使用済み燃料」の方がはるかに放射能が高く、恐ろしいのだ!原子力発電というのは、電気エネルギーを生成する代償として、核燃料の放射能を高めてしまう処理に他ならない。
ヨウ素剤の話に戻ろう。市民、町民を守るためには、常日頃からヨウ素剤を身の回りに置いておかねば役にたたない。実際、今回の事故ではまったく役に立たなかった。病院の倉庫にしまい込まれていたからだ。しかも、身の回りに置いてなかっただけでなく、服用すべきかどうか決断に迷っているうちに時間切れになってしまった。とてつもなく大勢の人が、ヨウ素131を吸い込み被曝してしまった。そして、その放射能物質はすでに全ての放射線を出し尽くして、別の物質へと変わり果てた。もう手遅れなのだ。
昭和57年の双葉町で問題となったのは、「なぜヨウ素剤をこっそりと27万錠も購入し、隠すようにして県立大野病院に保管していたか」だった。いまから考えると笑ってしまうよなレベルの低い話だが、このときの争点は「絶対安全な原発ならヨウ素剤の備蓄は不要ではないか?」というものだった。
この時の町長の返答は「存じ上げておりませんでした。今後はこういうことがないように検討させる」だった。この日本語には注意が必要だろう。まず、この答弁ではあくまで「検討する」といっているだけで、これからどうするか町長の決意についてはまったく述べていない。つまり、回答拒否だということだ。よくあるケースは、こう言っておいて、結局は町長のやりたいようにやるケースだ。答えは最初からきまっていて、形だけ「検討会」を数時間開催するだけというものだ。これは民主主義の正反対、つまり専政、独裁という。封建時代に採用されていた低レベルな行政の運営形態だ。次に、「検討させる」といっているから、町長自身はこの問題については頭も体も動かさないということを明言している。誰か(結局は役人)にやらせるわけで、責任放棄している。「わたしは土木会社の社長なんだから、本当の政治には興味ありませんよ」と自白しているような回答だ。そして最後に「存じ上げてない」という言葉。これは「私のせいじゃない」と行っている訳で、その地区の行政の最高責任者とは思えない発言だ。しかし、これは日本の政治の構造の本質をついている。つまり、行政(国や市町村)を支配しているのは、政治家ではなく、役人や官僚だということだ。双葉町の行政方針も、事務レベルでは役人が勝手に決定していたのだろう。行政の方針は、町民の意見を幅広くとりいれつつも、最後は町長の責任で行うべきだ。
実は、この話にはオチがあって、実際このヨウ素剤の購入をおこなった役人は、「昭和56年に県が購入し、そのまま管理しているだけ」と答えた。この文章には主語がない。もちろん、県という主語があるわけだが、県の誰だったのか明らかにしない。役人というのはナウシカで登場する「虫達」のように、集合体として振る舞うようだ。「個人」というものが無いらしい。そして互いにテレパシーかなにかで意思伝達を行っている(触角でもふるわせているんだろうか?)。
結局、ヨウ素剤をどういう風に活用するのか?原発は爆発する可能性があると認めているからヨウ素剤を買ったのか?そういう、質問には答えていない。国語の試験を受けさせたら、間違いなく0点だが、公務員試験の採点法は普通の採点基準を使っていないのかもしれない。「質問に答えたのに、どうして採用試験に落ちたのだろう」と不思議に思っている受験者がいるとしたら、彼らはきっと答案に質問の答えを書いてしまったんだろう。例えばこんな感じか?
[問一] 福島県は昭和57年にヨウ素剤を27万錠購入したが、それはどうしてか?簡潔に述べよ。(20点)
解答: 昭和56年に県が購入し、それ以後管理している。(採用試験に受かりたいなら、このように書くのだろうか。もちろん、通常の試験では0点。)
解答2:原発で放射能漏れ事故が起きた時、原発から放出され、高い放射能をもつヨウ素131から身を守るために服用するのがヨウ素剤である。つまり、福島県は原発は絶対安全と口では言いながらも、内心では放射能漏れのような大事故が近いうちに起き、27万人程度の人々が被曝するだろうと思っているから購入した。(普通はこういう書き方で満点となるだろう。でも、採用試験では0点?)
ちなみに、福島市の人口が約28万人だから、福島県は県民全員の健康を救う意思はなかったらしい。