2011年3月31日木曜日

M51 Whirlpool Galaxy (りょうけん座の子もち銀河)の観測

例の如くVixen POLTA AII A80Mfにて、天体観測を行う。土星、オリオンのM42、アルコル—ミザールの二重星、シリウスなどを練習で見てから、このところの目標になっている「りょうけん座の子もち銀河M51」の観測に挑戦する。地球からの距離は2100万光年だから、アンドロメダ銀河までの距離の10倍弱の距離だ!

ファインダーで見てもよくわからなかったので、あやしいと思われる場所を少しずつずらしながら何枚も撮影してみた。画像処理してみると、3枚ほどに微かに写っていた!

Whirlpool Galaxy(真ん中のぼおっとした2つのシミのようなもの。
その上側に流れ星が偶然写った。)

右側の銀河の方が大きい。目で確認できなかったので、次回の観測ではそれができるようがんばってみたい。ちなみに高度は9等星(アンドロメダは4.4等星)なので、かなり厳しいか?

撮影データ:ISO1600, シャッタースピード10秒、f/5.6

追記:簡易赤道儀を使って改善した観測写真はこちら

プルトニウム238の作り方

「どうするプルトニウム」という本にプルトニウム238を発見したときの反応が書いてあった。おそらく、この反応が原子炉でも起きていると思われる。材料はウラン235で、そこに中性子捕獲を3回行い、β崩壊を2回待つことでプルトニウム238が生成される。

235U(nγ)236U(nγ)237U→(β:6.8日)→237Np(nγ)238Np→(β:2.1日)→238Pu.

この反応式は複雑で、Pu-239,240を生成するのに比べて「大変そう」だ。ということで、原子炉中のプルトニウム238の割合は2%しかないという結果になるのだろう。

核兵器中にプルトニウム238が存在しないというのは、主にNp-237の生成が関与していると思う。つまり、爆発時間が一週間程度ないとNp-237が作れないのだ。そんな、のんびりした爆弾はみたことない。つまり、核兵器中では、U-237のところで反応過程がストップしてしまうために、Pu-238が作れないのだろう。一方、原子炉の場合は、核燃料は4年ほど入れっぱなしになるから、Np-237を比較的たくさん生成することが可能だ。

(追記:プルトニウム238のデータシート。)

内橋克人謂ふ、「国の存亡を懸ける時がきた」と。

NHKの番組をみた。「匠の時代」を書いた評論家の内橋克人氏が出演していた。今回の大災害について、国の存亡を懸けた闘いの時が訪れた、と最後にまとめた。体が震えた。

彼の分析は的確で信頼できる。10年程前、小泉—竹中改革が行われた時、「商店街などの地域コミュニティが破壊され、弱者が切られる世の中になると内橋氏は予言した。今私たちの社会はその通りとなってしまった。一億総中流、終身雇用の時代は去り、無為な競争にまみれた社会となった。(競争が悪いというのではなく、「無駄な」競争が増えたという意味。)商店街は地方での疲弊が激しく、街の中心街にある多くの老舗が店を畳み、郊外にできた大型のショッピングセンターに敗北した。(このショッピングセンターが不景気で潰れた時、街にはなにも残らない。そういう現象はもう日本のあちこちで始まっている。)5、6年程前、新聞に「働き者の豆腐屋主人が自殺した」という記事が載った時、彼の予言を思い出した。人間同士のつながりが弱まり、孤立する弱者/貧者と、彼らを喰いものにしてますます富を蓄える者との差が大きく広がってしまった。

まず、東京電力や大手銀行など、特権を握っている団体でも、間違いを犯したら、それ相応に罰せねばならない。バブル崩壊以降は特にそうだが、彼らを擁護し続けた結果、国が疲弊してしまった。そして、国の方向性を示せるリーダーを育てないといけない。深い教養をもち、思慮深く、慈悲深く、論理的でかつ、科学的な思考ができ、決断のできる人物がわれわれには必要だと思う。そういうリーダーを一人だけ育てれば良いということではなく、リーダーの候補者の母集団を増やす必要もある。教育が大切だと思う。

明治維新も、佐久間象山や吉田松陰の学校から始まったと思っている。出る杭は打つ、というやり方はもう今の日本を悪くするだけだ。才能のある若者はどんどん延ばしてやる必要があると思う。

バブル崩壊から10年経っても、日本は元にはもどらなかった。今回はもっと長くなるかもしれない。が、先の十年のように失敗を繰り返す余裕はもう日本にはない。今度ばかりは失敗したら国が滅びてしまう、と内橋克人氏は言っている。

無視された京大原子炉(原子力安全グループ)の研究成果

さきほどの文章から知った、京都大学•原子炉についてちょっと調べてみた。調べるといっても彼らのホームページを拝見しただけだが、そこに驚くべき研究成果が蓄えられていることがわかった。有用な知識/提言の宝庫といってもよいだろう。そしてその宝庫に入っていたのは、今回の福島原発事故のような事故が起きる可能性を予言した(30年前に!)一連の文書だ。これらの「宝」が長年無視されてきたことが、今回の東電の対応をみればよくわかる。

膨大な量の資料が公開されていて、それら全てに目を通すのは大変だと思う。いくつか目に留まった資料があるのでそれを紹介したい。

この文書の制作者は原子力安全研究グループと呼ばれる京大原子炉のサブグループで、彼らのゼミの資料をまとめたものを文書にして公開している。その第一回(1980)と第97回(2004)の小出先生の資料を見てみたい。

まずは第一回から見てみよう。1980年の発表である。最初の頁に「事故が起きた時、放射性物質の放出を食い止められるか」という問いかけがある。食い止めるための方策として、緊急炉心冷却装置、格納容器の頑強性などがあると紹介がある。しかし、「これらの装置がちゃんと作動するかどうか、また作動しても有効に働くかどうか不確かだ」と主張している。

緊急冷却装置などの、こまごまとしたシステムがうまく動かなかったり、動いても効果がなかったり、ということはありえることだ、とさすがの原発推進者も認めようだ。しかし、格納容器が壊れてしまうと、その末路は「破局的」なものになるため、どの原発安全審査会においても「格納容器だけは何があっても壊れない」と根拠のないオウム返しが繰り返された、と報告している。つまり、格納容器の安全性については、科学的、論理的な議論は最初から抜き取られてしまっていた、という。失敗を見たくない、事故が起きたことは考えたくない、という「思考停止」状態の議論がなぜ許されたのか?(経済問題であったことは想像に難くない。)

資料の3頁目に「原子炉事故における崩壊熱の重要性」というセクションがある。これはまさに「福島事故の予言」だと思う。このセクションでは津波が危ない、と名指ししているわけではない。が、なんらかの予期できぬことが起きて、それがもとで崩壊熱を制御できなくなったとき、格納容器は壊れ、「破局」が訪れるといっている。

原発開発の初期には、原子炉自体が小さく崩壊熱も小さかったので、冷却装置が壊れても「頑強な」格納容器は熱破壊に耐えうる、と推進派は主張し、「思考停止」の議論も、ある程度は正当化することができた。しかし、炉の大型化による崩壊熱の増大によって、その根拠がすぐに消えてなくなってしまった。つまり、論理的に考えれば、冷却装置が壊れた時、炉心は必ず溶けて壊れてしまうこととなる。

そこで、推進派は「絶対に緊急冷却装置は壊れない」という、最初の考えと矛盾する論法を振りかざし始めたという。そういう議論の例がいくつか紹介されている。その一つが、敦賀原発の安全審査報告書。推進派によって書かれたこの報告書には驚くべき真実と嘘とが入り交じっている。

まず、この報告書は正しく水素爆発の危険性を指摘している。「燃料溶解が起きた場合」を仮定して議論しているのだが、その場合、燃料を保護するジルコニウムが、炉の減速材かつ冷却剤である軽水(水のこと)と化学反応を起こし、水素ガスが発生する可能性がある、と指摘している。この予想は今回の福島の事故で正しかったことが証明された。ある意味素晴らしい論理力といえよう。しかし、次の文が驚きである:「水素ガスが発生しても、水素爆発は絶対に起きない。それは原子炉内部は不活性ガスで満たされているからである。」不活性ガスとはヘリウムやアルゴンなど、電子軌道が電子で埋まり化学反応(この場合は酸化、つまり燃焼)しない気体のこと。

今回の事故についての無数にある解説報道のうち、「不活性ガスが機能せず失敗した」ため水素爆発が起きた、というものは皆無だ。そもそも、東京電力が水素爆発という説明をしたのは、爆発が起きてから数時間も後のことだった。しかも最初は爆発したことをなかなか認めなかった。「不活性ガスがあるから爆発するはずがない」と条件反射してしまったのだろう。つまり、認めなかったのではなく、「理解できなかった」といったほうが近いと思われる。「システムが作動しなかった時どうなるか」という思考訓練を積んでいないと、よく「頭が動かない」といわれる状態になる。(昔、英国に住んでいた頃、自宅で空き巣と鉢合わせたとき、そういう状態になったことがある...)

冷却装置が壊れてしまった時、すぐに「水素爆発が起きるだろう」と正しく解説した人はいなかった。(追記:実は居たにも関わらず、メジャーな報道機関はそれを報道しなかった。)1970年代にすでに議論されていたのに、どうして忘れ去られてしまったのか?それとも、これが起きることを知っていた人は、色々な意味で消されてしまったのだろうか?教科書からも消されてしまったことなんだろうか?

実は、東京電力が無視した警告はまだある。専門家の間では、1100年前に三陸で起きた「貞観地震」が、今回の地震と同程度だったことが知られていた。特に、産業技術総合研究所の報告が2010年にまとめられており、東京電力に注意勧告していたにも関わらず、東電はそれを完全に無視していた。2009年の耐震対策の審議会の後などは、「貞観地震程度なら想定内」と言い切っていた東電だが、今回の地震は「想定外だった」と主張しているようだ。このやり取りをみると、1960年台の安全審査で見せた振る舞いと瓜二つだと思う。いつでも論理が矛盾している、という意味で。

追記:東京電力は、作業員一人一人がつけるべき「線量計バッジ」を、作業グループの代表に一つ与えただけであったことが判明。これは作業員の安全性を無視したやりかただ。これでは、前線で命を懸けて働く作業員が高度の被爆をしているかどうか、まったくわからない。英紙ガーディアンには作業員の待遇がとても悪いことに力点をおいた記事が載っていた。東京電力のやり方は日本のイメージを悪くする。

2011年3月30日水曜日

小名浜の海岸

小名浜の海岸は、昔よくバイクでいった。雲がたちこめ、海岸沿いの道路に、風に飛ばされた波しぶきが届くような悪天候のある冬の日に、海岸に降りてみたことがある。遠くに発電所が見えたと思う(地図でみたら勿来の火力発電所で、原発じゃなかった)。寒い日で、浜辺にはひとっこ一人いなかった。

砂の上には、見事なムラサキウニの殻がたくさん転がっていて、あまりにも綺麗だったので5、6個拾ってきて標本にした。しばらく机の上に飾っていたが、その後の引っ越しのドサクサで、今はどこにいったかわからなくなってしまった。もう、あの浜辺では標本が拾えないだろう。(少なくともこれから10年は。)かろうじて30キロ圏外ではあるが、放射能汚染があそこまで広がっている可能性は否定できない。特に海は。

昨年の梅雨の終わり、アクアマリンふくしま(水族館)にいった。工業地帯のなかに、突然現れるガラスの巨大な構築物。駐車場はいっぱいで、ヒトもたくさんいて、ちょっと辟易したが、すばらしい場所だった。そこの魚が停電によって20万匹死んでしまった。悲しいことこの上無し。

原子炉中のプルトニウムとその同位体の割合

Wikipediaの文献からたどって見つけた文書に、欲しい情報が書いてあった。筆者は京大原子炉の先生。2006年に発表された文書で、その内容の信頼度は高いと思われる。

前にも書いたが、使用済み燃料中に副産物として生成されるプルトニウムの比率は(重さにして)約1%程度。さらに、その1%のプルトニウムに置ける同位体の比率は、軽水炉(福島原発のタイプ)の場合次のようになるという。

主成分はやはりプルトニウム239(Pu-239)で約60%。今回注目されているプルトニウム238(Pu-238)は約2%。そして、その他の同位体(多分そのほとんどがプルトニウム240)が約38%、となっているそうだ。(別の資料によると、Pu-238=2%, Pu-239=56.4%, Pu-240=23.9%, Pu-241=11.3%, Pu-242=6.4%という比率だそうだ。)

Pu-239は、U-238への中性子捕獲(これを専門的にはnγ反応という)および付随する2回のβ崩壊によって生成される。

238U(n,γ)239 U→(β)→239Np→(β)→239Pu.

またPu-240は、Pu-239の中性子捕獲により生じる。

239Pu(n,γ)240Pu

しかし、Pu-238の生成機構についての資料がみつからない。
一つの可能性は、U-238に重水素を捕獲させPu-238を生成する反応。しかし、軽水炉には重水はあまりないはず。重水素の天然存在比率は0.015%だから、原子炉中のプルトニウム−238の比率2%には到底及ばない。報道では、Pu-238の存在こそが「原子炉から燃料がもれている証拠だ」と言い切っていたから、なにか原子炉内の反応に特有なメカニズムがあるはずだ。

なお、この文書の最後に、青森県六ヶ所村における被爆事故のことが書いてある。六ヶ所村には、全国の原発から集められた「使用済み核燃料」の貯蔵施設、およびそこからプルトニウムを再抽出する「再処理施設」がある。再処理したものはMOXなどに生まれかわる。

15年程前、六ヶ所村に一度いったことがある。夏の盛りに行ったというのに、この最果ての北の大地には人の気配も、自然の安らぎもほとんどなかった(三陸海岸の息を飲むような美しさに比べると、ということ)。ただ、よく整備された、真っすぐで太く大きな新しい無機質な道路を、何台も何台も大型のダンプカーが、粉塵を巻き上げながら走っている風景だった。その後、(鬼太郎が住むという)恐山にいったが、六ヶ所村のダンプカーの群れの方が怖かった。

プルトニウムの抽出は、その毒性を考えると、最高度レベルの安全性と慎重さをもって行うべき作業だ。しかし、この文書によると、そういう仕事を請け負っているのは、「下請け企業」の社員、しかも高校を出たばかりの19歳の少年などがやっていたのだという。核物理の知識どころか、科学全般の素養も十分でない未成年の若者に、プルトニウムを扱わせるとは、日本の原子力産業はどうかしている!

きっと、今回の原発事故だって、前線で闘っているのは東電の社員よりも、下請けの人たちの方が多いんじゃないだろうか?そうだとすると、数世紀前にアメリカやヨーロッパで行われていた奴隷制の、形を変えた復活(金銭で支配するやり方)じゃないかと思える程のひどい話だ。

「元素111の新知識」を読む

ブルーバックスB1192(講談社1997年)桜井弘(編)

読むといっても、今回は後ろの頁だけ。ウラン、プルトニウムなど、放射性元素の性質や、その裏話などが、簡潔によくまとめられている。原発の勉強に役立った。

Wikipediaは便利だが、間違いがときどきあったり、英語/日本語で出ている情報に差異があったり、伏せられたり、消されたり、過剰に書かれたり、など色々な問題点もある。やはり、数冊の本を照らしつつ、自分なりに「事実」をまとめるのが勉強の王道だろう。

また、次の本も参考になった。

「どうするプルトニウム」舘野淳ほか著 (リベルタ出版2007年)

後半は政治や裁判の話も入って来て、客観度(科学度)が落ちてしまったきらいがあるが、前半の科学的事実のまとめは役に立つ。ただ、ウラン238の自発核分裂の確率データが間違っていた。(古いデータの引用なのかもしれない。)筆者は、化学者や、元NHKなどの出身の人たちで、原子力の専門家という訳ではないが、原子力技術の近くで働いている人たち。

福島原発におけるプルトニウムの漏出

昨日から「プルトニウムがついに環境中に出て来た」という報道ばかり。どの原子炉から出たかは分からないという。測定されたプルトニウムの放射能レベルは、アメリカ、ソ連、中国、フランスなどが行った核実験によって世界中にばらまかれたレベルと同じ程度だという。(この発表を信頼するためには、具体的な数値を教えてほしいものだ。)

福島第一原発の3号機は他の原子炉と違うところがある。それは、核燃料にMOXを混ぜている点だ。MOXはプルサーマル法という原子力発電法に使用される燃料で、意図的にプルトニウムがウランに混ぜてある。東電の公開データを用いてその重量を推算してみると、およそ30トンのプルトニウムが3号機にMOXとして入っている。

一方、3号機以外の原子炉の燃料はLEU、すなわち低濃縮ウラン。LEUの中身は4%弱のウラン235と96%程度のウラン238だ。最初はLEU燃料にプルトニウムは含まれていない。しかし、原子炉を運転するうちに、ウラン235の連鎖反応から出てくる高速中性子(速い中性子)が、ウラン238に吸収されることで、プルトニウム239を副産物として生成してしまう。核燃料はだいたい4年程度原子炉に入りっぱなしになっているが、「使用済み燃料」として取り出される頃になると、だいたい1%程度のプルトニウムが混じっていると言われている。

以前の計算でLEUに含まれるウラン235が4%だと見積もった。この値を用いると、だいたい60トンのウラン235があるだろうという試算となった。とすると、核燃料全体としては約1500トンの重量があるということになる。したがって、この場合、使用済み核燃料中のプルトニウムは15トンくらいになる。

東電のデータでみると、3号機の核燃料のうちMOXの割合は全体の1/17。とすると、16/17を占めるLEU中のプルトニウムの重量はだいたい14トン。よって、3号機には全部で45トン弱のプルトニウムがあると見積もれる。これは他の原子炉の3倍の量にあたる。

3号機では、先日作業員が溜まり水に濡れたことで大量被ばくした。このことから、核燃料が原子炉から外界へ漏れだしているのは確実となった。MOXを使用しているこの原子炉からプルトニウムが漏れだしている可能性は非常に高い。また3号機の使用済み燃料プールには、結構フレッシュな「使用済み燃料」が保管されていて、プールの水が干上がったときに、部分融解してしまった可能性がある。また水素爆発した際、プールを覆うコンクリート建物が吹き飛んでしまった。(4号機のプールにも、使用済み燃料があって部分融解している。)1号機のタービン下の溜まり水も強い放射能を持つことが測定されていて、同じように核燃料が漏れだしているらしい。2号機はサプレッションプールが損傷していると考えられ、原子炉自体に穴が開いている。1、2、3、4号機のどれからもプルトニウムが出ている可能性がある。

これをふまえれば、東電の「どこからでているかわからない」という説明は科学的ではないと思う。もちろん推測の範疇からは抜け出せないが、論理的な推論をもとに会見を行うなら「1、2、3、4号機のすべてからプルトニウムが漏れている可能性が高い。4号機からの放出は少ないかもしれないが、3号機にはMOXのせいでプルトニウムの量が多く、漏れだす量も他の原子炉より多いと思われる」と説明すべきだ。現場のことはよくわからないが、もし1、2号機よりも優先して、3号機の復旧を目指せと、東電の上層部が命じているならば、彼らは何が起きているかよくわかっている、ということになる。

追記:原子力保安院によると、今回検出されたのはプルトニウム238、239,240だという。報道によると、238があることで原発から漏れたことが明らかになったのだという。連鎖反応の燃料として使うのは239だから、238や240の割合が多い場合はMOXから漏れているとはいいきれない。原子炉内におけるこれらの同位体の割合について調べる必要が出て来た。

自発的核分裂の確率についてのデータ

wikipediaによると自発的核分裂の確率データは次のようになっている。
235U : 7.0e-11
238U : 5.4e-07
239Pu: 4.4e-12

一方、米国国立核データセンター(National Nuclear Data Center: NNDC)のデータによると、

235U : 7.0e-11
238U : 5.5e-07
239Pu: 3.0e-12

これからは、NNDCの値を用いることにする。
(追記:以前のバージョンで、wikiepediaとnndcのデータが2桁ずれている、と書いていたが、ずれの原因は、nndcのデータは「%」、一方wikipediaの方は「割合」であることが判明。つまり、2桁のずれは「単位」の違いだった....これは私の「見落とし」であり、wikipediaのデータとnndcのデータは一致していたのであった。上の表ではすでに割合にそろえて訂正した値を用いている。)

実は、U-238の自発核分裂から出てくる中性子は熱中性子(遅い中性子)なので、核燃料に含まれるU-235やPu-239の連鎖反応の引き金になる場合がある。

2011年3月29日火曜日

使用済み核燃料の「燃えかす」度合

使用済み核燃料の「燃えかす」度合に関しての資料を見つけた。併記してある文献から取って来た値だと思うので、まあ信頼できるものだと思う。

それによると、使用済み核燃料の中には、ウラン235が1%ほど「燃え」残っているそうである。また、いままで考慮してこなかった、プルトニウム239も1%残っているそうだ。

前に、福島第一原発の2号機に入っている核燃料の総量を調べ、それはおよそ60トンだった。とすると、燃えかすのウラン235とプルトニウム239は、それぞれ600キロ(!)ということになる。これは、おおよそ1027個の原子核に相当する。ウラン235の半減期は7億年で、これを崩壊寿命だと近似すると、1秒間に数百億回のα崩壊を起こすことになる。使用済み燃料を水(冷却剤)に浸さず放っておけば、この放射線(α線やγ線)のエネルギー(崩壊熱)によって燃料棒が高温になるのは必然。その状態を続けるならば、いずれは容器の融点を超えて、燃料自体がドロドロに溶けてしまうだろう。(ウランの融点は1132度C)

前回の計算では、原子炉中の(未使用)燃料棒からの中性子線量を見積もったが、上のデータを使えば、プールにある使用済み燃料から(自発核分裂によって)飛び出てくる中性子の数を見積もれる。燃えかすは1%ということだから、大雑把に見積もると、前回の計算の1/100、つまり一日平均1万個、つまり1.2ベクレル(ただし、原子炉から取り出して二週間後の時点での値。この値は時間が経つ程減少する。)ということになる。またプルトニウム239もだいたい似たような性質をもつようなので、同じく1.2Bqとなるだろう。しめて2.4ベクレル。プール中の水が蒸発して空になってしまうと、結構な数の中性子線が飛び出てくる。(追記:とはいえ、原子分子の世界のことだから数字が大きくみえるだけだ。ベクレルで測れば、東京の汚染水の1/100にすぎない。)もちろん、使用済み燃料が、事故前すでに長いこと冷却されていたならば、プールからでてくる中性子の量は減っているはずで、東電の測定が示すように「微量」ということになるはずだ。

それにしても、原子炉は何重にもバリアーを巡らせているのに、使用済み燃料プールはコンクリートの建物で覆うだけとは、安全設計に問題があったといわざるを得ないのではないだろうか?

今まで見てきたように、使用済み核燃料が単なる「使用済み」なのかというと、実はそうではないことは明らかだ。これに加えて、もう一つ知っておくべきことがある。それは、使用済み燃料の中に含まれるプルトニウムの存在だ。プルトニウム239はウランの連鎖反応の副産物として生じ、使用済み燃料に1%程度含まれる。このプルトニウム239は、それ自体が連鎖反応を起こすことができる「核燃料」だ。(長崎の原爆はプルトニウム239が主な原料。)また、3号機の中に入っているMOXというのは、使用済み燃料から抽出したプルトニウム239を濃縮してウランに混ぜ込んだもの。つまり、「使用済み燃料」というのは、こういった側面からも「通常の意味での使用済み」とは到底異なる代物で、「使用済み」だから安全などと思っていると、とんだしっぺ返しを食らう可能性のあるものだといえる。(恥ずかしながら、これらのことは、今回の事故で初めて知ったことだ。しかし、もし東電の技術者も私と同じレベルだったとすると、彼らに原発を建設/運営を任せるのはもう無理なのではないか?と思う。仮に知っていたのなら、なぜそれを基に安全設計できなかったか?ということになる。必然、醜い話となってしまうので、これ以上立ち入るのはやめる。)

春の星座観測

計画停電に引っかかったら天体観測でもしようかと思っていたのだが、なかなか実施してくれなかった。残念なことに、新しい区分けでは除外区域になってしまった...とはいえ、今年の春は本当に寒いので、天体観測し終わっても部屋が冷たいとちょっとキツかったかも。複雑な心境なり。まあ、夏に向けて必ず停電はやってくるはずなので、そのときまでの楽しみにとっておくことにしよう。

春になって、木星が夜空から消えた。代わりに土星が上がって来た。冬の星座も西の空に傾き、代わって獅子座や北斗七星が目立つようになってきた。夜更かしすると蠍座すら見える。冬のような寒さはあれど、星で感じる季節は確実に春になってきている。

今夜の狙いは、北斗七星の柄の先にある、M51子持ち銀河だったのだが、残念ながら観測することはできなかった。どこにあるか、だいたいは見当はつくのだが、肉眼観測ではハッキリしなかったし、写真に写してみたが、場所が外れているのか、それとも露出が足りないのか、画像処理してもその存在を確認することはできなかった。M51を探して空を睨んでいる間、大きめの流れ星が3つ飛んだ。そういう時期なんだろうか?

ということで、今夜はとにかく春の星座に慣れるということで、広角レンズで撮影する方針に転換。なかなかよいのが撮れたので、ちょっと嬉しい。
9時頃の東の空。乙女座を中心に様々な星が見られる。

スピカの横に目立つ、菱形の星座がずっと気になっていたのだが、今日やっと「からす座」と判明。高度は低いがよく目立つ。写真ではコップ座も写っていたが、肉眼では見つけ難いと思う。

南の天頂近くに見えた獅子座。

北東の空にくっきりと北斗七星。

北斗七星のζ星は二重星。左がアルコル、右がミザール。

アルコルとミザールまでの距離はそれぞれ81光年と78光年。連星かと思ったら、互いの距離がちょっと離れているような気がする。弱く結びついた二重星か、それとも偶然重なって見えるのかは、まだ結論が出てないそう。私の場合、アルコルを最初に知ったのは「死兆星」としてだった。学校の帰り道に友人とおそるおそる試してみたが、見えずにホッとした。古代ギリシア時代には兵士の視力検査に使ったという。


2011年3月28日月曜日

ウラン235の連鎖反応の物理(4:連鎖反応による発電のしくみ)

連鎖反応をそのままにしておくと原爆になってしまう。(もちろん、連鎖反応を「安全に」始めるところまでが結構難しい問題で、マンハッタン計画の物理学者、数学者たちはそこで最初悩んだわけだが。特に、核物質の幾何学的な配置が重要らしい。)発電の観点からすると、できれば、ちびちびとエネルギーを取り出したい。

しかし、外部からエネルギーを引き込んで、わざわざ連鎖反応を押さえ込むようなことはしたくない。エネルギーを作るのにエネルギーを使ってしまったんでは、本末転倒だからだ。(実は、核融合発電が現在この段階にある。発電するために、大量の電気が必要で、トータルではマイナスになってしまっている。これをプラスに変えようとする計画がITERだ。)

連鎖反応が爆発的に進むのは、分裂後の中性子線が2本以上飛ぶことが原因だった。そこで、発電するときは、中性子線を一本に抑えることで、一個一個順番に核分裂するようにしている。そこで減速材が登場する。

中性子は、やたらな「スピード」でウラン235にぶつかろうとしても、「ぶつかることができない」(散乱しない)。つまり1MeV以下の遅い中性子でないと核分裂はおこせない。実は、核分裂から出てくる2〜3個の中性子線のエネルギー平均値は1MeV程度と若干高めで、どちらかというと「速い中性子」に属する。速い中性子は、ウラン235にぶつかり難い。つまり、なにもしないと、ウラン235の連鎖反応を引き起こす中性子線を一本に抑えるどころか、0本となって、連鎖反応が起きなくなってしまう。

減速材とは、結局中性子のスピード(運動エネルギー)を1MeV以下に落とすための物質で、福島原発では軽水(普通の水)が使われている。正確には、水分子中の水素原子核(つまり陽子)を中性子に何度も何度も当てることで(弾性散乱)、中性子を熱的平衡状態に落とし、そのエネルギーを下げる。(いわば、パチンコ台の球のように、釘/ピンに当たる度に、下に落ちるスピードが落ちるようなものである。)中性子のスピードを遅くしたり、核燃料をうまく配置したり、中性子を吸収する制御棒の出し入れなど、いろいろな要素を組み合わせることで、遅い中性子の有効衝突数を1個に制御することができる。(そのやり方は結構複雑に見えるので、ここで深入りするのはやめる。)こうして、原発から「ちびちびと」エネルギーを取り出すことができるようになる。

こうして苦労して取り出した核エネルギーは、結局、お湯を沸かすのに使われる。蒸気となった水は配管を勢い良く伝わり、風車(タービン)を回す。タービンには磁石が取り付けられていて、磁石が回転するたびに、ファラデーの電磁誘導の法則によって、電線中に電気が流れるのである。このお湯/蒸気は種々の放射線によって沸かされるため、放射能を帯びる。したがって、原子炉とタービンを行き来する湯/蒸気は、絶対に外界に出て来てはならない。

今現在、福島原発の1、2、3号機のタービン下に溜まっている水は、この放射能を帯びた水であることはおそらく間違いない。問題はメルトダウンで溶けた核燃料(つまりウラン)およびその分裂生成物(セシウムやヨウ素)も一緒に溶け出ている可能性があることだ。だとすると、それは放射線に曝露した程度の水では収まらず、放射能物質を溶かし込んだものになっていて、非常に強い放射能を持ってしまう。(どうも、このシナリオが一番ありそうな感じがする.....)

ウラン235の連鎖反応の物理(3:連鎖反応と原子爆弾)

たった一回でも多量のエネルギーを放出する核分裂反応だが、ねずみ算式に増える中性子をウラン235にぶつけ続けることで連鎖反応を引き起こせば、原子核から解放されるエネルギーは莫大で破壊的にすらなる。これが、ナイーブな原子爆弾のメカニズムである。(もちろん、全てのエネルギーが効率100%で爆弾の炸裂に寄与する訳ではない。また、実際の核爆弾がN=20段目まで到達しているかどうか、私は知らない。実際の原爆の中心温度は約6000度程度と言われている。これは太陽の表面温度と同じ!)

原爆を設計するときは、たとえばN=20に到達するまでは、なんとか核燃料が前段の爆発によって飛び散ることが無いように、しっかり押さえつけなくてはならない。この閉じ込めに関する設計は非常に難しく、ある複雑な数学の問題を解くことに帰結するところまでは詰めたものの、従来の理論の延長ではまったく歯がたたなかった。しかし、ナチス下のヨーロッパから米国に移住してきた天才数学者フォンノイマンによって、新しい理論が作られる。それを基に、難解な数値計算が行われ、ついに原爆の形状および圧縮爆薬の位置が決定された。原爆の最初の火は、それから間もなくして地球上で炸裂した。

人間に対し、原爆が実戦で使用された事例は歴史上、二回だけしかない。そして、その両方ともが日本人に対して使用された。しかも、その犠牲になった人々は、普通の民間人だった。戦争の結果やむをえず、というのではなく、新型兵器一発でどれだけ人を殺せるのか、アメリカは実験してみたかったのである。人体実験はナチスや旧日本軍だけがやったのではない。二回使用した理由は、片方がウラン235の連鎖反応を用いたタイプ(広島)であり、もう片方がプルトニウム239の連鎖反応を用いたタイプ(長崎)だったから、つまりどっちがすごいか比べてみたかったのである。

ちなみに、福島第一原発の3号機をのぞく原子炉ではウラン235(低濃縮ウラン)が燃料として用いられている。一方、3号機は、プルトニウム239、240など種々のプルトニウム同位体をウラン235(低濃縮ウラン)に「ブレンド」した燃料(MOX)を使っている。原発はあきらかに「原爆から派生した応用工学」だということがわかる。

ウラン235の連鎖反応の物理(2:遅い中性子と連鎖反応)

連鎖反応の出発点は、中性子をウラン核に「ぶつける」ところ。イメージとしては、石をぶつけて岩を割る、といった感じなのだが、そう簡単には問屋が卸さない。固くて割れ難い、というイメージではない。それはもっと不思議な現象で、「ぶつけてもぶつけても、なかなかぶつからない」というのが、この二つの粒子の関係。その理由は、単衣に量子力学に帰する。実は「夕焼けがなぜ赤いか?」という問いの答えに、この理由は近い。

夕焼けが赤い理由には、様々な要因が絡み合っていて複雑なのだが、中高校生向けに大雑把に教えるときは「空気中の酸素分子は、青い光だけをよく散乱し、赤い光は散乱しないから」と説明する。つまり、酸素分子にぶつかって跳ね返されることができるのは「青い光だけ」だ。これはレイリー散乱といわれる現象で、量子力学を使って説明できる。

同じく量子力学に従って、ウランに中性子を「ぶつけよう」と思っても、ある特別なエネルギー値をもった中性子しか「ぶつかることができない」。平たく言えば、やたらなスピードで中性子をウランにぶつけようと思っても、たいていの場合は、お化けのように透り抜けてしまう。暗号鍵のように、特別な数字のスピードで向かっていったときだけ、中性子はウランに「ぶつかる」ことができる。

詳細は避けるが、様々な物理的な理由により、連鎖反応できるのは、ウランといっても、その同位体の一つであるウラン235だけだ。ウラン235は天然ウラン中にわずか0.7%余りしか存在しない。残りの99%以上はウラン238という同位体で、これは連鎖反応してくれない。

ウラン235に「ぶつかる」ことができるのは、運動エネルギーが1MeV以下の、いわゆる「遅い中性子」(slow neutron)だけである。(より正確には、「ぶつかる」ことを「散乱」と物理ではいう。)なんらかの方法で、遅い中性子を作り、それをウラン235にぶつけると、核分裂がおきる。この核分裂は、トンネル効果によって勝手に(自然と)核分裂する「自発核分裂」とは異なり、(遅い)中性子を当てることで「誘発」された核分裂だ。

誘発された核分裂によって、ウラン235は、様々な放射線と核分裂生成物に分裂する。まずは放射線から。中性子線は2から3本。即発ガンマ線(prompt γ-rayという)を5本程度、遅発ガンマ線(delayed γ ray)は7本程度、そしてβ線を7本程度である。次に、核分裂生成物だが、遅い中性子による分裂では、まっ二つに均等に「割れる」よりも、アンバランスに「割れる」のを好む傾向がある。その質量分布は130と90付近。実際、東京の水道水を汚染したヨウ素−131は質量数が131だ。また、半減期が長く汚染が問題視されているセシウム−137は質量数が137。両者とも重い方の分裂破片(質量数130程度)に相当する。一方、軽い方の破片核としては、コバルト−60などが福島の事故現場で検出されている。

連鎖反応は、分裂後に中性子線が2本以上飛ぶことに起因する。つまり、最初の反応には遅い中性子を一つしか使わないが、最初の核分裂で中性子は2、3個に増える。例えば、3つ中性子が出たとすると、2段目の核分裂は3つのウラン235で起き、それぞれが3つの中性子を生むとすれば、全部で9個の中性子線が出てくることになる。3段目では27個、次は81個と、中性子の数は増加していく。N段目では3Nとなる。N=10で約5万9千、そして N=20で34億を突破し、これ以降は爆発的に核分裂は進む。これが連鎖反応だ。

1回のウラン235の核分裂によって放出されるエネルギーは200MeV余りである。これは物質の温度に換算すると、おおよそ2.4E12、つまり2兆4000億度に相当する。その上に、連鎖反応のN=20段目にもなれば、34億回以上の核分裂が起きる訳だから、とてつもない規模のエネルギーが解放されることになる。

ウラン235の連鎖反応の物理(1:原子核と放射能)

さて、今までもしきりに登場してきた「中性子」だが、連鎖反応ではとりわけ大事となる。まずは「中性子」と原子核の関係を「おさらい」する。一番ナイーブな原子核のイメージは「陽子と中性子の集まり」である。例えば、ヘリウムは、陽子2個と中性子2個の、合計4つの粒子の集まりと見なせる。U-235の場合は、陽子92個と中性子143個の集合ということになる。つまり、中性子は、原子核の構成粒子のひとつ、ということ。

湯川秀樹(日本人として最初のノーベル賞を受賞)が解明した「核力(強い相互作用)」によって、これらの粒子は束縛され、一つの系(核)を形成している。南部陽一郎(米国に帰化してしまったものの、「日本出身者」として2008年にノーベル物理学賞を受賞)が気づいた不思議な理由(自発的対称性の破れ)により、核力はその有効距離が小さい。このため、原子核が大きくなりすぎると、ぽろぽろと端っこにある粒子がこぼれ落ちてしまう。これが、いちばん単純な「放射能」のイメージだ。当然、こぼれ落ちた粒子が「放射線」となる。

実は「こぼれ落ちる」というのはあまり良い比喩ではない。というのは(鉄より重い重元素の場合)、その質量エネルギーの一部を「溢れた」粒子の運動エネルギーに転換するからだ。この転換を表す式が(有名な)アインシュタインのE=mc2だ。これにより、放射線は巨大なエネルギーを持つこととなる。連鎖反応で必須となる中性子線もこうして発生する。

準備はこのくらいにして、連鎖反応の議論に入ろう。

ウラン235の連鎖反応の物理(0:枕段)

大学院入試のときに勉強して以来、久しぶりに連鎖反応の物理を復習してみた。連鎖反応というのは、原子力工学、あるいは核兵器開発にでも関わらない限り、純粋に教養範囲のテーマでしかなく、試験勉強のときも、あまりまじめにやらなかった。八木の教科書でも、最終章で簡単に取り上げられているだけだ。(とはいえ、そんなに疎遠な訳でもなく、大学時代の先輩の一人はT電力の原発で働いているし、英国での教え子の一人はAWEに就職した。実は、このときMI5から役人が来て、彼の性格や能力などについて色々尋問された....)

しかし、連鎖反応は、そもそも先の大戦中にドイツ、アメリカ、日本など世界中の物理学者が必死に研究した物理のテーマ(核物理)だ。もちろん、その動機は原爆開発だったわけで、かなり下心があったのは否定できない。

とはいえ、当時の物理学者にとっても、原子力発電は応用問題に過ぎなかったと思う。一方、工学者にとっては戦後直後の最大のテーマだった。このため、戦後生まれの物理学者は、連鎖反応は物理のテーマというより工学のそれだと思っている傾向がある。しかし、今やそうは言っておれない状況となったのは明らかだ。

福島の原発が事故を起こしたことで色々なことがはっきりした。放射能物質で汚染された国土で生きていかねばならないこと。原発はもう嫌だとは思うものの、計画停電で生じた混乱は事故死者まで出すなど、電気に頼った生活をどうしても捨てられないこと。さらに、化石資源の枯渇と地球温暖化問題のため、石油にはもう頼れないにも関わらず、原発以上の効率で、二酸化炭素を排出しない発電技術をまだ手にしていないこと。

これからの日本において、原子力を肯定するにも否定するにも、「連鎖反応」は国民が絶対に知っておくべき知識となったと思う。何も知らぬまま日本の将来を決めることは、「あみだくじ」で殺人事件の判決を出すようなものだ。

2011年3月27日日曜日

東京の水道水の放射能汚染について(内部被曝についての考察)

放射能物質で汚染された東京の水道水を飲む場合、つまり内部被曝についての考察をしてみる。Wikipediaによると内蔵における吸収係数は、皮膚の場合に比べて5から10倍大きくなる。したがって、このデータおよび以前に計算した結果に従えば、1リットルの水を飲むと(体の中に入っている間は)、上限の10倍をかけたとして、0.00000057マイクロシーベルト/秒となる。

さて、体に入っている時間ってどのくらいなんだろうか?消化器官からの吸収には、だいたい1−3時間かかると昔医者に教えてもらった。(薬を服用してから聞き始めるまでの時間。)薬の効果の持続時間は種類によっても違うだろうが、私が尋ねた薬に関してはだいたい6時間程度だった。また、代謝のサイクルはだいたい3−5日だと、どこかの本で読んだことがある。

以上の「茫覚え」に基づけば、1週間くらいをみておけばよいだろう。茫覚えであることを考慮すれば、もう少し慎重に、例えば、ひと月くらいは体に残留するとして計算してみよう。以下ではひと月=30日として、一リットルの「汚染東京水道水」に体する内部被爆量を推量してみる。

まず、一回飲んでしまった後に「しまった!もう飲まないぞ」と誓ってその後、汚染水道水を飲まなかった場合について計算する。時間経過によるベータ崩壊頻度の減衰は考えないとする。つまり、30日間常に210Bq/Lの崩壊をすると仮定する。30日=30x24x3600(秒)だから、5.7E-7 x 2.6E6=1.5マイクロシーベルト/秒 となる。


以前、許容放射線量は年間100ミリシーベルトくらいだろうと予測したが、これは東大病院の報告と一致していたので、まあ信頼してよい数値だろう。とすると、一回飲んでしまった程度では、許容量限度の1/100000(十万分の一)くらいの内部被曝しかないという結論である。平たく言えば、あと10万本追加で飲んでも「まだいける」。(ラドン温泉やラジウム温泉の水を「健康のため」といって飲んでしまう人がいるらしいが、上と同じ理由で彼らの安全も保証されているといってよいだろう。)

次に、毎日1リットルずつ1年間飲み続けてしまった場合を考えよう。30日間はヨウ素131が体に残留するという仮定なので、初日は210ベクレルなのだが、二日目は420ベクレル、三日目は630ベクレル、と増えていく。この増加は最初の30日目まで続き、最高で内部被爆は6300ベクレルとなる。31日目以降は代謝/排出が始まるので6600ベクレルの一定値が一年後、つまり365日まで続く。正確に計算するとなら、1年過ぎた直後の日から汚染水を飲まないとしても、その影響はさらに30日続く。366日目は6600−210ベクレル、367日目は6300−420ベクレル、と次第に減少し、1年1ヶ月経ったところでやっと0となる。内部被爆の期間は13ヶ月となる。最初のひと月と13ヶ月目の被爆量を足すと、実は6300ベクレルをコンスタントに一ヶ月吸収した分に等しくなるので、実際の計算は単に6300x(11+1)=6300x12とすればよい。つまり、(5.7E-7 x 30)x 30 x 12 x 24 x 3600= 5.1E+2マイクロシーベルト、つまり510マイクロシーベルトとなる。これは一年の許容量の約1/200となる。(ちなみに、この試算は東大病院のものとほぼ一致している。)

つまり、成人に関しては210Bq/Lの水を1リットルどころか、何十リットル毎日飲み続けてもまったく問題はないだろう。しかし、乳児に関しては状況がことなる。

たとえば、私たちがごく普通に飲んでいる牛乳も、乳児にとっては「毒」だといわれる。臓器の機能が未発達なのでアレルギー反応や消化不良などを起こすらしい。ある意味、乳児は人間の体になりきってない。牛乳がだめなら、当然放射能入り水道水だって乳児にはだめだろう。(しかも彼らはこれから何十年も生きていくわけで、放射線障害は何十年も後になってから出てくる傾向があるから。)

これは逆に考えると、体が出来上がり腎臓や肝臓などをうまくつかって毒物/異物を排泄できるようになった成人(あるいはちゃんと成長している子供たち)なら「毒」を少しばかり摂取したって問題ない訳だ。現に、アルコールやカフェインなど、体に悪いとは知りつつも大量に摂取しているヒトもたくさんいるが、彼らはちゃんと生きている。逆に「18歳未満の未成年は禁止」などとしてしまうと、高校や中学の便所で隠れて飲んだりする学生が出てきてしまって、それはそれで厄介かもしれぬ。(とはいえ、タバコや酒やクスリとは違って、彼らの健康にはまったく問題ないが。)

2011年3月26日土曜日

3号機の核燃料漏出

3号機で作業員に負傷者が出た。その理由として、核燃料の漏出が挙げられた。ただし、原子炉そのものの損傷ではなく、配管などを通じての漏出だという。大量の水に溶けているから、たとえ中性子が飛び交っているとしても臨界の心配はないだろう。(追記:3号機にはMOXが使われている。つまりプルトニウムが燃料としてたくさん入っている。)

しかし、人体にその汚染された水が直接当たれば、被爆してしまうのは当然だ。復旧作業はこれで一層、命がけのものになってしまった。作業員の安全を心より祈る。

福島原発の中性子線(自発核分裂からの寄与の計算)

前の考察に基づき、計算をはじめよう。
まず、福島第一原発で使用されている核燃料の規模を調べてみよう。核燃料はジルコン製の金属棒の中にまとめられていて、一本の棒の長さが約4m、半径が5mmだという。従って、その体積はπ(5.0/1000)2×4=7.5×10-5立方メートル。(これを7.5E-5と書くことにしよう。)

この燃料棒は束ねられて燃料集合体とされる。この燃料集合体には数十本の燃料棒が束ねられる。さらに、この集合体を数百個まとめて原子炉に格納する。東電のデータを見ながら、2号機の場合について計算してみる。(2号機は圧力容器が損傷、つまり原子炉に穴があいているのではと疑われている。)

2号機における燃料棒の束ね方は「9x9B」式で、72本が一組となって燃料集合体を形成している。その集合体が全部で548個分、原子炉に格納されている。したがって、原子炉内の核燃料の全体積は72×548×(7.5E-5) =3.0立方メートルと概算される。

ウランの密度は、おおよそ1.9E7(g/m3)だから、炉心中の核燃料の重量はだいたい3.0×1.9E7=5.7E7(g)となる。つまり約60トン。ウランの原子量は約238だから、60トンのウランは5.7E7/2.4E2=2.4E5モル、つまり、この数字にアボガドロ数6E23を掛けると、1.4E29個のウラン原子核が含まれていることになる。東電の資料によると、この内わずか2−4%がU-235だという。4%だと仮定すると、5.6E27個のU-235が原子炉には存在することになる。

ところで、U-235の半減期は約7億年。事故から今日まで約2週間、これを15日=0.5ヶ月と見なすとする。半月は1/24=4.2E-2(年)だから、崩壊したU-235の数は5.6E27(1-2-4.2E-2/7.0E8)=5.6E27×4.2E-11=2.4E17個、つまり10京個となる。

そのほとんどがα崩壊だが、わずかな確率で自発核分裂する。その割合はwikipediaによると、崩壊一回に対し7E-11だという。つまり、この2週間で2.4E17×7E-11=1.7E7回、つまり千七百万回の自発核分裂が起きたと推定される。さらにwikipediaによると、一回の自発核分裂で平均1.9個の中性子が放出されるというので、3.2E7個、つまり3200万個の中性子が、放射線として放出されたと推測される。

まとめると、事故当時、フレッシュな核燃料が原子炉に装着されたばかりだと仮定すると、この2週間で約3000万個の中性子が、自発核分裂によって放出されたと推算される。もちろん、事故当時は運転開始からしばらく立っていた訳で、実際にはこれよりは少ないはず。事故発生時の原子炉に、残っていたU-235が半分以下だったとしても、1000万個程度の中性子がこの2週間あまりで、自発核分裂を経て生成されたと思われる。一日あたりの平均とすれば、約100万個程度に相当する。(さらにU-238から発生する分も入れたら、もっともっと増えるはず。)

これらの中性子が原子炉の中で発生するならば、中性子捕獲断面積の大きい制御棒や、ボロン(ホウ酸)などに吸い取られてしまう。さらに原子炉容器の厚い壁に阻まれて、外部に漏れ出ることは、理想的には無いはずで、外部の検出器にはかからないはずである。

しかし、現実はそうなっていない。中性子線が微弱ながらも検出されている。よくないシナリオは、原子炉に穴が開き、そこから核燃料が漏れだしている場合だ。原子炉の外で、自発核分裂の中性子が一日に100万個も作られ、漏れた燃料が水たまりみたいな場所に偶然集まっているとしたら、それが臨界状態にいってしまう可能性がないとは言い切れないだろう。(その可能性はかなり低いだろうが。)

制御棒無しで臨界状態に達すると、爆発的な中性子線の増加が見られるはずで、それは現在起きていないのは明らか。東電のデータをみると、微弱な中性子線がほぼコンスタントに検出されているだけで、これは一定の割合で中性子を出す自発核分裂のシナリオによく合う。これはいいニュースだと思う。

しかし、連鎖反応の引き金となりうる中性子が、外部(外界)に出てきているのは、あまりよくない状況だ。大切なのは、この中性子線量がいきなり増えたりしないかチェックすることだ。

繰りかえすが、2号機は燃料が部分的にメルトダウンし、さらに悪いことに原子炉に穴が開いている可能性がある。外界(空気中)にはセシウムやヨウ素なども飛び散っている。早めに、燃料漏れの有無を確定し、有の場合はその場所の判別、さらに中性子線が問題ない場所から発生しているかどうかを調べる必要がある。放射能レベルが相当高くなってしまったようで作業は困難だろうが、早く解決すればするだけダメージは少なくなるはずだから。

(追記:アメリカの国立核データセンターNNDCのデータで自発核分裂の確率を確認したところ、Wikipediaのデータと系統的に100倍のずれがあることが判明。たぶん、打ち込みエラーだと思われる。)

2011年3月25日金曜日

福島原発の中性子線(中性子の出所についての考察)

ウランの自発核分裂(Spontaneous fission)の確率は随分低い、と教科書(八木1971、新倉書店)に書いてあった。自発核分裂とは、文字通りウランが2つに分裂する現象。ウランの電荷は+92だから、二つに割れたら+46。これはパラディウムに相当する。(実際のウラン235の分裂では「非対称」に割れることが多く、セシウムやヨウ素、コバルトなどが生じる。)

自発核分裂は、量子力学のトンネル効果によって生じる現象で、原子核の構成粒子(陽子と中性子)を閉じ込めているクーロンバリアー(電磁障壁)を、いわば、お化けのように「すり抜ける」現象だ。核の電荷が大きい程、クーロン反発のため通り抜け確率は小さくなる。+2のα粒子は透過しやすく、+46のパラディウムは透過し難い。つまりα崩壊のほうが、自発核分裂よりも頻繁に起きやすい。

崩壊の頻度は、半減期(あるいは寿命)によっても記述できる。例えば、ウラン235(U-235)のα崩壊寿命はだいたい7億年。一方、U-235の自発核分裂の寿命はだいたい1京年(=一万兆年)。これは、自発核分裂より、α崩壊の方が大雑把にいって1000万倍ちかくも崩壊しやすい、ということを意味する。(Wikipediaのデータではさらに差は開いて1010倍=100億倍だとある。)

自発核分裂も、他の核分裂と同じように、分裂時に数個の中性子を出す。つまり、中性子線という放射線を放出するらしい。Wikipediaによると、その平均値は一回の核分裂につき約2個だという。一方α崩壊では中性子線はでない。出るのはアルファ線とガンマ線だけだ。

東京電力によると、地震発生時に原発は「自動停止」したという。この停止の意味は「連鎖反応を停めた」ということだ。連鎖反応(チェインリアクション)は、ねずみ算式に増える大量の中性子を生成する。この生成を制御できないと(というより意図的に制御しないのが)原子爆弾になってしまう。もちろん、爆弾原料に比べ、原発の燃料はU-235の割合が圧倒的に小さいため、爆弾にはなりえないが、それでも「臨界状態」へと陥ってしまう可能性がある。こうなると、高熱と強い中性子線が次から次へと漏れ出すような暴走状態となってしまう。原子炉は破壊し、最悪の場合、中身(放射性物質)が飛び散って周辺を汚染してしまう。原発で中性子線が観測されるのが良くない、とされる理由は、臨界状態になっている恐れがあるため、および、核燃料が原子炉から漏れ出ている可能性があるためだ。

今回の事故では中性子線が出ていることが原発敷地内で観測されている。出所が連鎖反応でないとすれば、自発核分裂しかない。上述したように、この分裂はU-235の場合は稀にしかおきない、と言われている。果たして、今回観測された中性子線は本当に連鎖反応、つまり臨界状態から出ているものではないといえるのだろうか?

原発の構造情報を頼りに、これまでに検出された中性子がすべて自発核分裂からのものだと仮定して、その数を算出してみよう。計算した結果があまりにも少ないとなると、それは検出不能のはずだから、今回検出された中性子は「連鎖反応」つまり「臨界状態」から出て来た中性子であるという結論となり、おそろしい事態を覚悟しなくてはならないだろう。一方、計算した結果が結構大きな数になっていれば、ある程度は検出されるだろうから、臨界になっていると決めつける必要はなくなり、ちょっとは安心できる。つまり、ある程度時間が経ったので、自発核分裂から出てくる中性子がそろそろ見え始めて来た、ということに過ぎないだろう。果たして、どっちに転ぶだろうか?頁を変えて、計算結果を示す。

使用済み核燃料はなぜ熱くなるのか?

以前書いたように、「使用済み核燃料」は、通常の使用済み燃料と違って、まだ「燃える」ことができる。「燃える」というのは比喩であって、本当は「熱エネルギーを出す」という意味だ。ここに放射性核物質の怖さ(と同時に面白さ)がある。

ウランは放射性物質だから、放っておくと崩壊してなくなってしまう(より正確には別の原子核に変わってしまう)。この、ウランの崩壊形式には2種類ある。

主要な崩壊チャネルはα崩壊で、アルファ線とガンマ線という放射線を放出する。(アルファ線とはヘリウムの原子核のことであり、ガンマ線は高エネルギーの光子のことである。)ウラン235のα崩壊の寿命は7億年ほど。(これは、例えば、1キロのウラン235が500グラムに減るまでの時間に相当するので、半減期というべきかもしれない。)つまり、一個一個の原子核に着目すると「なかなか崩壊しない」ということになるが、たくさん集まって塊となった場合は「長い間ちびちびと崩壊し続ける」という意味でもある。例えば、0.2gのウランに含まれる原子核の数がだいたい1020個だから、一秒に一回
はα崩壊して放射線を出していることになる。

もう一つの崩壊チャネルは自発的核分裂(自発崩壊)といって、中性子線とガンマ線の2種類の放射線を出す。この中性子線は連鎖反応の引き金になることもあるので、注意が必要になる。今回の福島原発の事故でも、中性子線が漏れていることが報告(全部で13回)されていて問題視されている。その理由は「臨界状態」とか「連鎖反応」と関係しているからだ。連鎖反応を起こすには、中性子線が必要となる。

「使用済み」を考える前に、「使用前」を考えてみる。使用前のウラン燃料を「濃縮ウラン」というが、これは「連鎖反応」しやすいウラン235の濃度を人為的に高めたウラン燃料のことだ。ウラン235を使用していくと当然その濃度は減ってくる。その密度が「臨界密度」を越えて低下すると、連鎖反応しにくくなる。これが「使用済み燃料」である。福島原発では13ヶ月おきに燃料の1/4を交換していたようである。これは「完全に使い切ってから」捨てるというよりは、「効率が悪くなったら」捨てるという状況に近いだろう。つまり、使用済みの中に「燃えかす」はたくさん残っている可能性は高い

使用済み燃料では連鎖反応は起きていない。しかし、「燃えかす」のウランはα崩壊や自発崩壊しつづける。(これらの崩壊によってウランから「化けた」核物質はまだ放射能を持っているから)その結果、ガンマ線などの放射線が放出され続ける。冷却しなければ、どんどん熱が溜まり、数百度、あるいは数千度といった高温になってしまう。

緊急停止した炉心の中の状況も似ている。制御棒によって中性子が吸われ、原子炉から無くなってしまえば、連鎖反応は止まる。これが「核反応が止まった」と表現される状態だ。これにより、連鎖反応によるエネルギー生成は止まり、原子炉は冷え始める。が、今度はα崩壊や自発崩壊が始まり、ガンマ線が放出される。そのエネルギーが溜まってくると温度は再び上昇に転じる。これが「崩壊熱」と言われるもので、一号炉から3号炉までの燃料棒がメルトダウンしてしまった原因である。崩壊熱は水で冷やしてとる、というのがGE mark1のやり方らしいが、今回の事故ではそこが壊れてしまった。

追記:米国の国立核データセンターのホームページの表紙に、ウラン235とプルトニウム239の崩壊熱についての論文が貼付けられた。今回の事故を受けてのものと思われる。英語では崩壊熱のことを"decay heat"という。崩壊熱は、核分裂破片(fission fragment、といい、これは放射線の粒子も含む)の運動エネルギーとして飛散し、環境の熱エネルギーに変わる。つまり、原子炉やその周辺の施設を「熱する」ということだ。)

追記2:また、崩壊熱の危険性については、京都大学を始めとする研究者の間では30年以上も前から広く知られた問題だったようだ。

追記3:「燃えかす」の中には、連鎖反応の崩壊生成物もあることを、上の考察では無視している。たとえば、ヨウ素131やセシウム137などはベータ崩壊し、さらにはその後γ線も放射する。これらも、崩壊熱に寄与するので、崩壊熱は上記の見積もりよりもさらに多くなる。ただし、ヨウ素137の半減期は8日なので、一週間以上経過すると、その寄与は劇的に減ってくる。一方、セシウム137やウラン235、238の崩壊熱は延々と続く。


2011年3月24日木曜日

シーベルトとベクレル(単位の話)

シーベルト:「人体が受けた放射線量の単位」という説明が与えられることが多いが、わかったようでよくわからない。まず、「放射線の量」とは何か?最初の大雑把な答えとしては、「放射線の持つエネルギー量のこと」といえる。

上の考察はかなり大雑把なので、もう少し正確に考えてみる。放射線をたくさん浴びれば浴びる程、よりたくさんのエネルギーを体は受け取る。「体が受け取る」ということは、平たく言えば「放射線粒子の持つエネルギーによって細胞が破壊される」ということだ。「線量」というのは、人体が受け取った全ての放射線の合計エネルギー(「積分」ということ)という意味となる。

最後に、もっとも正確なシーベルトの定義について考察する。シーベルトの次元を調べると「エネルギー/質量」となっている。いうなれば、人体1kgあたりの「肉塊」が吸収した放射線エネルギーの総量というのがシーベルトという単位の持つ意味となる。

直感的なイメージとしては、このエネルギー総量が大きければ大きい程、肉体の損傷は激しいということになる。しかし、頑丈な鉄壁にピンポン球をぶつけてもダメージが無いように、人体組織もある程度の強度があるので、この強度よりも低い放射線エネルギーを浴びても人体は損傷しないはずだ。それが、「許容放射線量」という値だ。Wikipediaによると、X線CTでは、7−20ミリシーベルトの線量を体に浴びることになるとのこと。とすると、おおよそ100ミリシーベルトが許容限界の境になっているはずだと思われる。

さて、ここで「人体が吸収する」という部分が、実は大切だということに注意したい。シーベルトというのは、人体に対しての単位であって、それ以外のもの、例えば、鉄の塊に対しては使用されないらしい。(物体一般に対する放射線量の単位はグレイという単位を用いるようだ。)人体は皮膚、筋肉、血液など様々な構造からなるので、人体を「物質」として考えると、(鉄などと比べれば)かなり複雑な物質といえる。そうすると、放射線のタイプ(α線は皮膚を貫通できないが、γ線は簡単に貫通する、などなど)によって人体への吸収のされ方は異なるし、放射線が当たる位置(骨か、目か、それとも血液中か?など)によっても吸収量は異なる。

これらの点を考慮すると、シーベルトで表される放射線量Sを算出するときは、測定した放射線量G(つまりグレイで測られる量)に、放射線タイプによって決まる因子R、および人体のどこに放射線が当たったか(骨?皮膚?筋肉?など)で決まる因子Bを掛けて算出する。つまり、S=G×R×Bとなるらしい。

ベクレル:ベクレルというのは、ある物質が1秒間に(放射線を出す)核崩壊する回数を測る単位。α崩壊とか、ベータ崩壊とか、自発核分裂とか、その崩壊メカニズムは気にしない。原子核の崩壊寿命の逆数ということもできる。安定核なら0ベクレル。つまりどんなタイプの放射線もでない。ベータ崩壊の寿命が0.1秒の原子核が一つなら10ベクレル。これが、10個あったら100ベクレルということになる。

東京の水道水は210ベクレル/リットルと言う表現で「汚染」されていると報道されたが、これは一リットルの水に解けている放射性物質(ヨウ素131)が1秒間に210回β崩壊、つまり210個のβ線(電子のこと)を出した、ということだ。ヨウ素131のβ線のエネルギーは約1MeVらしいから、東京の水道水1リットルからは、毎秒210MeVのエネルギーがβ線の形で放出されていることになる。1MeV=1.6x10-13Jだから、210MeV = 3.4 x 10-11J。体重60キロのヒトが、東京の水1リットルを汲んできて目の前に置いた時の被爆線量は3.4x10-11/60 = 5.7x10-7マイクログレイとなる。β線の場合R=1,皮膚への放射線照射はB=0.01と言うことらしいので、これを上の数字にかけると、この60kgのヒトが受けた放射線量は0.000000057マイクロシーベルト/秒となる。仮にこの水道水100リットルを湧かして、その風呂に30分(約2000秒とする)入ったとしても0.01マイクロシーベルトにしかならない。この「放射能温泉」は明らかに安全だ。

さて、東京の汚染水道水を飲んでしまった場合の考察については、また別の機会にて

東京の水道水の放射能汚染について

東京都の水道が放射能汚染された、という報道が流れた。

首相官邸のホーム頁によると、東京の金町浄水場の上水道の水は「210Bq/L」の放射能を持っているそうだ。(Bq/Lはベクレル/リットルと読み、一リットル中の水に含まれる放射能の強さの単位)

この放射能の原因物質は「放射性ヨウ素」とされている。この「放射性ヨウ素」というのは、どうも工学向けの用語らしいが、要は「131I」つまり「ヨウ素131」のことだ。ちなみに、物理では「β不安定なヨウ素同位体」ということが多いと思う。

またまた「買い占め」の問題が東京を中心に起きているそうだが、そもそもこの「210Bq/L」という値はどういう意味なんだろうか?

身の回りにある放射性の水といえば、ラジウム温泉の温泉水だ。人気のあるラジウム温泉が、どのくらいの放射能を持っているか調べれば、「健康にいい」放射能レベルが推測できるはずだ。ラジウム温泉とは、温泉水中のラジウムが放射崩壊(主にα崩壊)する際に放出するガンマ線により、体を暖めつつ湯治してくれる温泉、いわば「放射能健康温泉」なのである。)

ラジウムというのは、ヨウ素なんかよりはずっと重い元素で、ウランよりちょっと軽い程度。ヨウ素と比べれば、倍程度の重さがある。崩壊はα崩壊だから、ヘリウムの原子核を放出して、安定な元素へと変わっていく。その際、アインシュタインのE=mc2に従って、質量の一部がエネルギーに変わる。これがガンマ線(要は光エネルギー)となる。ラジウムはキュリー夫妻が発見した放射能元素の一つで、キュリー夫人がノーベル化学賞を受賞したのは、彼女のラジウム発見の功績に対するものだ。

さて、wikipediaによるとラジウム温泉などの「放射能健康温泉」のことを、日本では「放射能泉」と呼ぶらしい。その定義は「温泉1キログラム中に111ベクレル以上含む温泉水」となっている。温泉の密度は場所によって異なるだろうが、大雑把な近似として純水の密度、すなわち1g/cc、を用いると、温泉1キログラムは約1リットルと換算される。つまり、ラジウム温泉の温泉水は111Bq/L以上の放射能を持っていて、それが故に、湯湯治に向く、と政府(管轄は環境省らしい)にも認められているわけだ。

「ベクレル」というのは、そもそもは人名で、キュリー夫妻の先生であり、かつキュリー夫妻と一緒にノーベル物理学賞を受賞したフランスの物理学者アンリ=ベクレルのことだ。彼の業績を尊敬して、その名前を放射能強度の単位にしたという訳だ。同様の理由により、放射能の単位には「キュリー」というのもある。1キュリーは3.3×1010ベクレルである。キュリーの単位でいうと、「放射能健康温泉」になるには33.33×10-10キュリー/L以上あればよいことになる。

さて、全国の「有名」ラジウム温泉の放射能を見てみよう。とりあえず、google searchで引っかかったものを使ってみる。このリストの一番上にあるのが島根の池田ラジウム鉱泉で、その温泉の放射能強度は664×10-10キュリー/Lだというから、余裕で「放射能健康温泉」と認定できる。これをベクレルに換算すると、なんと2191(Bq/L)!!!新潟県の五頭温泉郷 (村杉温泉薬師乃湯)や、長野県のいいだ温泉(湯里湖)なども、同じ程度の放射能を持っている。極めつけは、山口県のふかたに峡温泉(清流の郷)なぞは、4217Bq/Lもある。


さて、東京の金町浄水から提供される水道水は210Bq/Lだから、その水を湧かして風呂にすれば、「放射能健康温泉」として認められることになる。しかし、その効能は、山口のふかたに温泉はもちろんのこと、島根、新潟、長野などのラジウム温泉よりも「はるかに劣る」(1/10程度)ということになろう。温泉水をガブガブ飲むことはそうはないから直接的な比較にはならないけれど、身近にこういう「放射能物質」があることを知っておけば、今回の「汚染」の意味するところは、ミネラルウォーターを買い占めるようなレベルではない、という結論になろう。


ところで、今まで空気の汚染の報道では「シーベルト」がよく出て来たが、今度の水の汚染に対しては「ベクレル」が使われている。その違いについての考察は次で。

2011年3月23日水曜日

土星の観測と「獅子の大鎌」

Vixen POLTA AII A80Mf とCanon EOS kissを使って、土星のコリメート撮影を試みた。ピントや光軸線がなかなか合わず苦労したが、なんとかそれらしい一枚を撮ることができた。撮影時間は夜の10時半。


今宵の夜空の西の空には、巨大な双子座が直立し、その偉容を誇るかのようだった。南天はというと、初めてみる獅子座が口を開けて昇り居り、そして東の空には北斗七星の柄から始まる春の大曲線が伸びていた。夕方、雪雲を伴う大きな前線の雲が空を隠していたものの、日が沈むと雲が散って、見事な春の星座が広がった。とりわけ、獅子座を初めて見ることができて嬉しい。「獅子の大鎌」はやっぱり大きくて見事だった。


土星は、乙女座スピカの上に明るく光っていた。アークトゥルスの赤い光も左に見える。土星の最初の写真は、ピントが弱く、カッシーニの間隙などはとてもじゃないが写ってはいないが、それでも輪がよくわかって満足。



2011年3月22日火曜日

英国でセミナー

英国のとある大学でセミナーをした。聴衆はかつての同僚たち、および新しく入って来た大学院生。先日の東北関東地震の話を「枕詞」(イントロ)とし、そこから確率→量子計算と話を展開させる。そして、本論として最後に多体系の量子化公式について議論した。質問など、それなりの反応があって、なかなか楽しめた。

ちょっと子音を発音しにくいな、と感じたものの、一周間足らずの旅行でも随分英語のリハビリができるものだと我ながら感心する。新聞を読むスピードもグンとあがった。時折、英国に行くのはよい投資かもしれない。

成田に降り立つや否や、大きめの地震。久しぶりでちょっと怖かった。日本に帰って来たことを思い知らされる。

列車の運行が不安定なので、今回は車で成田へいったのだが、ハイブリッド車にしておいて本当によかったと思った。(東京ー成田はだいたい片道50キロほどの距離。)実は出国の前日、関越道の、とあるサービスエリアで信じられない光景を見ていただけに、とりわけそう思ったのだった。それは、サービスエリアの給油所目当ての車の列が、サービスエリアに入りきれず、高速まではみ出すという風景だった。その長さは1キロほどあったと思う。最初は単なる渋滞かと思ったのだが、列の先頭が給油所に向かっているのをみて驚いた。東京への帰り道に、こういう光景はなかったので、ガソリン不足に関しては随分改善に向かっているのかな、という印象をもった。この日は佐倉でガソリンを給油できた。でも、値段はリッター160円!でも並ぶよりましだと自分に言い聞かせる。

成田では息が白くなったし、東京も冷たい雨が降っていて、3月の風景とは信じられない。春の陽気に包まれていた英国よりも、雨雲が低く垂れこめた東京の方が、より「英国」らしく見えたのは皮肉であった。物理学会が地震のため開催中止となってしまったので、春の研究旅行はこれにてすべて終了。明日からは、論文執筆に戻る予定。

2011年3月21日月曜日

福島原発の原子炉設計

地震のお見舞いメールが世界各地から届いている。英国、ドイツ、スペイン、イタリアなど、かつての同僚や教え子、そして友人たちからのものだ。ドイツ人の教え子からのメールは数年ぶりで、とても懐かしく、うれしく思った。しばらく彼からの連絡が途絶えていたのは、身の回りにいろいろなことが起きて、それと闘っていたからとのことであった。ハッキリとは書いてはなかったが、韓国系ドイツ人ということもあり、就職する際など差別の問題などがあったと思われる。

技術的なことを書いて来たメールもあった。英国に住むイタリア人の友人からのものだ。彼は、英国の大学の原子核物理学科でPhD(博士号)を取得し、その後ケンブリッジにある欧州核融合研究所JETに就職した。バブルの頃ロンドンのシティで金融の仕事(ヘッジファンドのマネージャーなど)に転職したが、現在は無職充電中。とはいえ、南フランスに設立されたばかりの国際核融合研究所ITERから仕事のオファーが来ているとか。LSE(ロンドンスクールオブエコノミクス)でMBAをとって経営の道を極めるか、それともITERで物理学者に戻るか、検討中だそうだ。

彼のメールには福島第一原発の設計に関する問題が書いてあった。実は、福島第一原発の原子炉のうち、一号機と二号機はアメリカのゼネラルエレクトリック社(GE)の製品だ。このことは、今回の事故が起きるまでは日本のwikipediaに書いてあったが、現在はなぜか削除されている。英語版のwikipediaにはまだ載っているので、それを引用すると1、2そして6号機がGE,3と5号機が東芝、そして4号機が日立となっている。今回炉心を包む格納庫が2号機で損傷した。(日本のwikipediaによると「3号機も損傷の疑いあり」と書いてあるが、政府のメモにはそれは書いてないので、これはまだ信用度の低い未確認情報と思った方がよいだろう。)使用済み燃料を安全基準の低い建屋に置きっぱなしにしてしまったという、馬鹿な凡ミスに比べると、格納庫の損傷はシステムとしてはより深刻な事故だ。(もちろん、溶け出した燃料棒から高濃度の放射性物質が漏れだすという意味では、両者とも深刻度は等しいが。)

New York Timesが報じているように、GEの開発したmark 1型と呼ばれるこの原子炉は、その格納容器の強度に欠点があることが、ずいぶん昔から専門家によって指摘されていた。更に、この友人によると、安全性より経済性を優先した設計を嫌って、プロジェクトに関わっていた技術者の多くが会社をやめたそうである。実際、今回「唯一」格納容器が壊れたのはGEのmark 1、つまり2号機だった。

化石採集:久しぶりに英国にて

久しぶりに英国にて化石採集をする。今回は、潮と地理の都合上、East SussexにあるSeven Sistersの近く、Seafordにて採集を行う。

ところで、空港で借りたレンタカー(Hyundai)は実に快適だった。DorkingからBrightonまでの道程も楽々こなし、帰りのM25などは80mile/hour越えでも問題なし。一時間足らずでLondonまで戻って来れた。今日は晴天で、South Downsの緑がとても綺麗だった。英国は東京よりずっと暖かく春らしくなっていた。いつもは東京に戻る度に暖かくて驚いていたものだが、今年ばかりは反対であった。驚き。

SeafordからみたSeven Sisters


今日の獲物は、FlintのEchinocorys Scutataが3つ、Micrasterがひとつ。一時間足らずの採集で、しかも2年ぶりの英国での採集のわりには上出来。とはいえ、上物を量産するためには、目をもっと慣らさないといけないのだが、今回は残念ながら時間切れ。明日は英国のとある大学でセミナーをするので忙しく、またその直後に空港に直行し、そのまま帰国する予定。

Scutataの産出状況

2011年3月17日木曜日

二号基の問題

二号機の外部冷却プールには、「使用済み」燃料はないらしい。しかし、この原子炉は3号基、4号基の次に危ない。というのは、原子炉自体に「穴」が開いている可能性が高いからだ。これは、3/17(7:30)発行の官邸メモの一頁の一番下に「サプレッションプール損傷」とあることから推測される。

現在、作戦は3号基と4号基に集中しているが、2号基も手を抜けない状態にあるのは確か。ただし、遮蔽機能ゼロの外部プールに比べれば、分厚い鋼鉄の炉壁にあいた(おそらくは)小さめの穴から漏れているだろうから、深刻度は若干低いとは思うが。

福島第一原発で起きていること。

福島第一原発には6基原子炉がある。地震発生時、一号基から三号基は稼働中だったが、4号基から6号基は定期点検中で運転を停止していたという。当初、4号、5号、6号基は問題ない、と思われていた。「火のないところに煙は立たず」、と普通は思いがちだが、核燃料というのはそういうものではない、ということが今回の事故でよくわかった。

「使用済み」というのは、単に核分裂の臨界状態にもっていくのに「非効率」というだけで、核分裂しない、ということではない。燃えかすが相当量残っている。米軍の劣化ウラン弾というのは、品質が悪く(ウラン235の割合がウラン238に比べてかなり低い、という意味)核燃料としては使えいないウランを重しにして飛ばす砲弾のことだが、それが放射能をもっていることはよく知られているのを思い出した。

現在、放射能レベルがもっとも高いのが3号基と4号基と思われている。しかし、停止中の4号機が危ない状態にあるというのは何とも不思議な話に思える。ここに、この原子炉の大きな設計ミスがあると思う。炉心の「外」にある冷却プールに使用済み核燃料を保管するシステムになっているからだ。保管や冷却が失敗したときの非常事態システムはまったく存在しないことは明らか。それは、建屋が吹っ飛んだときに「大丈夫です。建屋はただの容れ物で、遮蔽能力はもともと全くないものですから」と専門家が説明していたからだ。(彼らは、原子炉の格納容器さえ安全なら、大丈夫と言いたかったわけだが、それは冷却プールの存在をまったく忘れていたのだろう。)

つまり、現在もっとも危ないのは、原子炉の中にない核燃料からでる放射線だということ。これは原子炉から漏れているのではなくて、もとから「外」にあったのである。冷却水が無くなった今、この燃料は「使用済み」とはいえども水の干上がったプールのなかから放射線をまき散らしていると思われる。

2011年3月16日水曜日

福島原発の事故の報道は滅茶苦茶:状況把握のためのリンク集

福島原発の事故の報道を聞いていても、一部の事象はわかるものの、全体的に何が起きているのかよくわからない。特に、テレビ、ラジオの報道は滅茶苦茶。目先の事件にとらわれすぎて、ちょっと前の深刻な状況がその後どうなったのか、まったくわからない。

これは自分でまとめるしかあるまい。そこで、役に立ちそうなリンクを幾つか探してみた。

  1. 東京電力プレスリリース :信じる信じないはあるだろうが、ここが出さずに誰が出す?
  2. 原子力安全保安院緊急時情報ホームページ:監督省庁の経産省の担当部署。記者会見は訳がわからないが、文書発表はまあまあか?
  3. 東京新聞(福島原発事故特集):新聞社のなかでは、この記事を一番信頼している。
  4. 首相官邸(東北地方太平洋沖地震の対応ページ):記者会見のためのメモだと思う。正直に全部見せてくれている感じがある。比較的、よくまとまっていて情報量が一番あるかも。
  5. Wikipedia(福島第一原発事故):今のところ、編集はかなり慎重に行われている。正確にやろうという意図は尊重できる。が、情報が古い傾向がある。とはいえ、確定事項の確認には向くかも。しかし、所詮はWikipediaであることに注意。情報源を丸写ししたものにすぎないので、編集判断によっては誤報の可能性も高し。随分、編集が進んで来ており、有用な情報も増えた。

2011年3月13日日曜日

福島原発の事故

地震の翌日、福島の原発で事故が発生したとの報。驚愕する。ついに恐れていたその日が来たか、と愕然とする。

仙台方面から国道6号で関東に南下するとき、福島第一原発、そして第二原発を相次いで通過する。貧乏学生の頃、バイクのツーリングで、この道はよく使った。原町、相馬の辺りから、緩いアップダウンが続く直線道路は、信号も少なく、心地よく走ることができる。概して平らな海岸沿いの地形に、突如原発の看板が現れる。柵でぐるっと囲まれただだっ広い施設という印象。柵の向こうに建物が見えた記憶はない。かなり広い所、という印象で、「多分この奥に原子炉があるんだろうな」と思いつつ、いつも走り抜けた。確か一度入り口の所まで、行ってみたことがある。春休み中の夕暮れ直前だったと思う。大きな白いペンキで塗られた鉄格子の門に行く手を阻まれた記憶がある。(20年近く前のことだから、かなり曖昧な記憶であるが。)人影もなく、静寂で、とにかく恐ろしかった。


この発電所が、東京電力のものと知ったのは随分後のことだ。言うまでもないが、福島は東北にある。信州にある水力発電所の多くも東京電力の所管だが、長野県は中部電力の管轄にある。新潟の柏崎原発も東電の所有。東北電力のものではない。柏崎で作った電気は、新潟県民の電気として利用されることは、原則無い。どうして管轄外の場所に、東京電力は発電所をいくつも持てるのかちょっと不思議だ。

今回の事故では、福島県民が首都の電力のために犠牲になった。こんなこと許されるんだろうか?首都で賄う電気は、基本的に首都で賄うべきではなかったか?そうして、いったん事故が起きると、首都の人間は福島を捨ててどこかへ逃げ出そうとしてないだろうか?そういう意味では、今回総理大臣が東京電力を一喝したそうだが、同情できる。「逃げるな!」といいたい。東電の社長は、自宅を福島に移すべきだ。

2011年3月11日金曜日

「東北地方太平洋沖地震」

その長く激しい揺れが来たのは、高層階にある自分の研究室にいた時だった。ある同位体の準位構造に関する理論分析結果を、共同研究者と議論している最中だった。揺れが大きくなる度に、本棚から本がバラバラと落ち、加えて、PCが一台一台と横転した。PowerMac G5が大きく左右に揺れ、今にも台から落ちそうに成りながらも、その重みでなんとかこらえていた。一分以上揺れたと思う。長かった。部屋が歪んで天井が落ちると思った。「死ぬかも」と一瞬覚悟したが、気を取り直して入り口を開けて閉じ込められないようにした。共同研究者は椅子に座ったまま、まったく動けなかった。

エレベータは停止、防火扉が作動してところどころ通行できない。階下へ降りられなくなってしまい、「最上階に閉じ込められたか?」とおもったが、別の階段から地面に降りることができた。なにもない地面の上で転んでしまったとき、最初は自分のせいで(老化?)足を踏み外したのかと思ったが、学生が「揺れてるよ」と叫んだので、地震の揺れによってバランスを崩したんだ、としばらくしてから気がついた。それほどの大きな余震だった。

多摩丘陵から下界を見下ろしてみると、世田谷付近に大きな火災は起きていなかった。道路も寸断していないようだし、多摩川も渡れそうだったので、車で共同研究者を送るべく吉祥寺方面へ向かった。多摩川にかかる橋の上からみたところ、津波などのおそれはなさそうでほっとした。が、直後に渋滞に巻き込まれ、動かなくなった。私鉄の駅はシャッターが降りていて券売機は停止、ホームの明かりも落ちていて暗かった。バスだけが動いていて、バス停には長蛇の列をなす多数の人がいた。

東京は震度5強とのこと。帰り道、商店街の電気屋で、仙台の津波の映像を見た。驚いてしまった。これはただごとではない、と感じ、早速食料確保に動く。スーパーは臨時休業。しかたなくコンビニへいったが、棚は空になりかけていた。続いて、しかもカセットコンロはすでに売れきれ。停電きたらまずいかも、と焦る。携帯ラジオと電池は購入できた。

2011年3月10日木曜日

国際免許を取りに都庁へ。

国際免許を取りに新宿へ行く。

まずは昼飯のサンドイッチを上島珈琲で食べる。カボチャのスープがついてきた。この組み合わせは結構いいかも。おいしいだけでなく、午後の会議中に頭痛が発症しなかった。これからは、長時間の会議の前には、このランチセットを食べてみることにしよう。

10年(以上)ぶりの都庁。たしか、最初の国際会議でアメリカに行ったときのパスポートをここで取ったのだった。あのとき知り合った英国人研究者に、その後雇われることになったことを思い出す。「非常に大事な旅行だったんだな」と思う。実をいうと、今回の旅行で会いにいくのもその人物である。でも今回はパスポートではなく、国際免許。都庁で取れるとは思わなかった。

以前は、車で鮫洲に取りにいっていた。府中などと違って、鮫洲は駐車場に車を停めやすい。もちろん、新宿は列車でいくのも便利だし、大学に行く途中だし、車で行く必要もないのだが、実は車で行っても便利なところだ。道は広く、直行しているところが多く、かつ駐車場が多い。甲州街道でいっても、首都高でいっても、山手通りでいってもいい。

移動中の列車の中で、学会発表用の計算ノートを見直すと、この間導いた数式は意外と不便な形であることが判明。ちょっと冷や汗が出る。「これは数値計算なしではまずいかも。」しかもその数値計算がやり難い形の数式になっているため、果たして発表までにプログラミングが間に合うかどうかグレーになってきた。

2011年3月8日火曜日

イタリア人研究者との打ち合わせ

季節外れの冷たい雪の降った今日は、イタリアの研究者と共同研究の打ち合わせをする。「昨日までいた東北のスキー場より、東京の方が寒いぞ」といって笑っていた。

彼らは必ず待ち合わせに20分遅れる。が、それが私と全く同じなので、とてもつきあいやすい。また、話は弾むが、仕事はあまり弾まないのが、これまたイタリア系。でもゆっくりやったほうがいいこともある。これがいわゆるヨーロッパ式で、アメリカ式とは随分違うと思う。

2011年3月6日日曜日

研究発表にKeynote(およびLaTeXiT)を利用する

MacBook Airを購入した時、iWorkも同時に購入した。そのpresentation softwareがkeynoteと呼ばれるもので、今回の発表で初めて使ってみた。powerpointと違って、objectの張りつけをしやすいのが特徴。張りつけ時に、オブジェクトの角度や距離などの補助情報が出るので、整列や回転などアレンジしやすい。このソフト、なかなか使いやすいとは思ったが、powerpointと比較して絶対的に優れているところはまだ見つけてない。Appleのソフトだから、親和性がいいのは確かだろうが。(そういえばiPadやiPod touchのプレゼンツールとしてKeynoteが使えるはずだった。)

今回、もう一つ新しいソフトを導入してみた。それはLaTeXiTというフリーウェア。多分Post-it(英語でいうところの付箋)のLaTeX版という意味のネーミングだと思う。Keynoteとの相性は抜群で、いちいちemacsで編集, xdviで確認, dvipdfmxでコンパイルして, acroreadで表示、切り取り、そしてpowerpointで張りつけといった煩雑な作業をやらなくてよい。出来上がった数式をドラッグして、直接keynoteに貼付けられるのがとても便利。(多分powerpointでも利用できるはず。)

この2つのソフトの組み合わせは、しばらく研究ツールの常備品となりそうな気配である。次の物理学会の発表もKeynote+LaTeXiTでやる予定。

研究会ひとつ終わる

春の研究会シリーズの第一弾が終了。今回は天体物理関連で発表する。今回の一番の収穫は、天文の専門家の人と議論できたこと。超新星爆発の物理について随分貴重な情報が入手できた。(自分の発表も無事終了。)

帰り道、行楽帰りの車と一緒になってしまう。一時間のろのろ運転すると、さすがに疲れた。とはいえ、家に帰って一寝入りして、風呂に入ったら回復。

明日からは、いよいよ学会の準備に入る。(あと、大学の紀要論文も書かないと。)

2011年3月2日水曜日

図書館で「天体の回転について」と「月をめざした二人の科学者」を借りる

大学の図書館で2冊本を借りた。

コペルニクスの「天体の回転について」(岩波文庫)
的川泰宣著「月をめざした二人の科学者」(中公新書)

前者は1953年に旧漢字体で印刷された第21版(1989年)。現代訳がそろそろ出てもいいのかもしれない。訳者は科学史専門(の物理学者?)で、理科大の創設者の一人らしい。ニュートン力学が完成するまえの本だから、意味の分からない論理があちこちに出てくるかもしれない。幾何学の部分はなんとかわかるかも。とにかく読んでみるしかない。

後者の本は、米ソのロケット競争の裏話で、コロリョフとフォンブラウンの伝記。宇宙科学研究所の教授が書いた名著だと思う。コロリョフのことは、英国のテレビ番組で初めて知った。暗殺を恐れて死ぬまで表舞台に出てこなかったらしい。ソ連が宇宙開発の初期に圧倒的なリードを奪う事ができたのは、彼個人の能力の高さに尽きるらしい。アメリカがアポロ計画で逆転したのは、コロリョフが悲劇的な死をとげたからだと記憶している。

一方、アメリカのロケット開発責任者は、実は、ナチスドイツが世界で初めて開発したミサイルの開発責任者だったドイツ人科学者だ。どういうことで、アメリカに拾われたのか、その辺の経緯がおもしろそうだ。

内積を自分でデザインする

高校のとき、内積について習った。その意味もわからず、機械的に覚えた。予備校の先生や、予備校の友達からベクトル空間の意味を教えてもらった。それを理解した瞬間、生まれて初めて頭に「光」が走った。見えなかったものが見えた最初の経験だった。大学に入って内積の定義を習った。「これさえ満たせば何でも内積か。ま、でも自分で内積なんて作ることはないな。」と素通りした。量子力学は、大学3年で習って以来、自分の仕事道具となった。関数同士とか、ディラックの<A|B>やら、「内積」にもいろいろあるんだな、と感心した。でも、100年前ならいざ知らず、自分がその設計に立ち会うなんて露も思わず、傍観者だと思っていた.

「教養の知識って大切だな」と実感したのは、あれから20年以上経って、ついに内積を自分で定義しなくては成らない日がやってきたからだ。

この間考えた生成消滅演算子をベクトル基底と見なす問題において、自分自身で物理的に定義した「内積」だが、数学的には内積の定義を満たしているか証明しないと実はいけなかったのだった。今日、久しぶりに大学一年で使った線形代数の教科書をみつつ、自分の「内積」が内積の定義を満たしているかチェックしてみた。

恥ずかしながら、見事に内積の定義を満たしていることに、びっくりしてしまった!
こういうのって、とても楽しい。

2011年3月1日火曜日

実験家との共同研究

ここ数年、東大の実験家の人と共同研究している。今日は久しぶりの訪問を受け、リクエストされるままに数値計算をひたすら繰り返した。

やっぱり実験家の人は着眼点がいい。「物理」を持って来てくれる。理論家は数学で現象をごまかすときがあり、そんなときは物理がよく見えなくなったりする。(私も理論家なので、それはそれでおもしろいのは否定しないが。)今日の数値計算は、本当に楽しかった。これは新たな論文のネタになりそう。

結局、正午から夜9時まで、9時間ぶっ続けで細かい計算を何度も繰り返した。最後の方は頭がふらふらしてきた。研究はやはり体力が大事だと確認する。

それから、実験結果は必ず紙に出して、ノートに張りつけ、簡単な分析のメモや感想などを書いておくととても役立つ。今日も、2年前にそうしておいたメモ書きや張りつけがとても役に立った。

そういえば、Unix/Linuxのsortコマンドの文法が変更されていて、時間をとられてしまった。以前はsort -n +2とかやってたものを、今ではsort -gk 2とかやる。全然違うのはちょっと困る。なにより、共同研究者を前にして何度もエラーを出して恥をかいてしまった。