有名な料理研究家の土井善晴氏の著書である。2016年に出版され、今年の4月ですでに24刷であるから、相当の人気であることは確かだ。TVにおける彼の料理に対する説明や考え方には共感できるところも多く、この本になにが書いてあるかとても興味があった。
一通り読んでみると、この本は彼の思想、理論をまとめ上げたものではなく、徒然なるままに思ったこと、感じたことを書き綴った随筆であった。これには若干落胆した。やはり、彼が今までに考え抜いたこと、どうしてその考えに至ったのか、その根拠としてどのような他の仕事があるのか、などを有機的に書いて欲しかった。
とはいえ、彼の信念、思想の一端を垣間見ることはできる。たとえば、冒頭にある「日本人の料理の基本は米と味噌である」という最初の主張はいささか驚きではあったが、それなりに説得力を持つと思った。「洗い米」という、米への吸水過程の重要性を知ることができたし、味噌汁にはベーコンでもブロッコリーでもなんでも入れていい、という土井氏の発想には驚かされた(後述するように、それはあくまで「日常食として」であるが)。あさりの味噌汁にするか、しじみの味噌汁にするか、いつも迷うところであるが、それに対する明快な答えも本書には書いてある。春先から初夏までが「あさり」、真夏から冬にかけてが「しじみ」だという。これは海の貝か、川/湖の貝かと違いで決まるそうで、おそらく「貝毒」と関係あるはずだが、土井氏は伝統と直感に基づく記述を好むので、科学的な裏付けは詳しくは書いてない。
また、味噌の種類を分類してくれたのも勉強になった。日本でもっとも人気のあるのが信州味噌で、米麹を大豆に混ぜて発酵させるタイプ。材料や製法はほぼ同じだが、熟成期間が長いのが仙台味噌。名古屋などで好まれるのが八丁味噌で、こちらは米麹を使わず大豆だけで発酵させる。西京味噌は米麹タイプだが、発酵時間がものすごく短いタイプ。九州味噌は麦麹を使用する。科学的な裏付けは薄い、と上で評したが、「味噌中にO157を埋め込むと死滅するという報告があり、たしかに味噌料理で食中毒が発生したことはない」という記述は少し参考になった。本当かどうかはわからないが、そうなのかもしれないから覚えておこう。
日常食とご馳走を分けるという和食の発想も初めて知った。「切干大根やひじきの煮物を『美味しい!』と大げさに褒め称えたら、それは逆に嘘くさい」と書いてある。西京味噌は「おめかし」であり、京都では日常食の味噌汁には赤味噌(あるいは合わせ味噌)を用いるとあった。西京味噌は長持ちせず、上品な色合いだけを追求して作られたものだろうから、毎日毎日の食材としてはきっと不向きなのだ。
後半には「我々日本人は鍋料理が日常食としてよく用いられるが、我々の「祖」である縄文人はきっと土器を用いて鍋料理をしていたことだろう」との言及がある。日本に味噌がもたらされたのはきっと縄文の後で、おそらく中国から輸入したものだろうから、前半の「一汁一菜」の考え方には当てはまらない。また、日本人(特に関西系の人々)が縄文人の直系かという問題はまだまだ未解決の部分が残る。しかし、「縄文人の「味付け」はなんだったのだろう? 」という興味を喚起してくれたのは、さすがに土井氏の目のつけどころがよいからであり、考古学に「料理」の観点から切り込む視点が今まで私自身に欠けていたことを素直に反省したいと思う。
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