2014年7月19日土曜日

"The Lost World" by Sir A. C. Doyle

I bought this book in a Tower Records, and placed it in my bookshelf for long, long time... and started to read since last April for no particular reason (maybe, the weather was pretty bad although I was in the mood for fossil hunting somewhere...) The book was published from Penguin books as a series of Puffin Books (the first and original publication was at 1912), which are for children.

The Lost World is the famous "world first science fiction" written by Sir Arthur Conan Doyle, the author of Sherlock Holmes. (Later, this novel inspired Michael Crichton to write a story of the same name, which is a sequel to the Jurassic Park.)

In the introduction page, there is an brief explanation of the book to young readers. There, it says that the description of Professor Challenger are quite similar to the description of Professor E. Rutherford, a 1908 nobel laureate for his investigations of atomic nuclei and radioactivity. According to the introduction, Doyle attended a lecture given by Rutherford at the University of Edinburgh!

I am reading now around the page 100, which depicts the entrance to the amazing world where the Jurassic and Cretaceous monsters are living secretly to the humans. The description of the scene is so beautiful, especially about the river water reflecting the forest green covering the world. Soon after this part, something fearful seems to be expected to happen... I am already very excited at and curious about what happens next.

The story is told by a newspaper correspondent in the form of a letter from the jungle, which was delivered occasionally by an injured member of the exploration party, or someone similar. This style reminds me of Frankenstein by Mary Shelly, which is also recognised as one of the first sci-fi.

2014年7月10日木曜日

世界が滅びるとき、消えゆく人類が残すべき最期の言葉

最近、日本中の人々が「こんなのは初めての経験だ」と口々にいう。短時間の大雨、土砂崩れ、竜巻、干ばつ、そして大雪...21世紀に入ってからの異常気象を数えたら、枚挙にいとまが無い。地球温暖化はついにPNR(Point of No Return)を越えてしまったと感じている。もう私たちはもとの世界には戻れないのだろう。

人間の世界が滅びるとき、地球上から消え行く知的生命体として、人類が残すべき最後の言葉には何を選んだらよいだろう?

「愛は世界を救う」とか「信じること」とか、そういう言葉は選ばれないだろう。なぜなら、滅び行く「負け犬」にはそれを証明することができなかったから。やはり最期になっても少しは知的生命体としての誇り(見栄、負け惜しみ?)を、次の地球の主に見せつけてやりたい、と個人的には思う。

ファインマンは「全ての物質は原子からできている」を選ぶそうだ(ファインマン物理学の力学の巻より)。なぜなら、この短い文には、無数の情報が圧縮されて詰め込まれているからだそうだ。知性あるものがこの短い文を読めば、様々なことを効率よく引き出すことができるだろう、と彼の教科書には書いてある。

苦笑いしたのは私だけだろうか?

7月に発生した台風の中では最大と言われいる「台風8号」の中心は、静岡付近までやってきたが、まだ東京には深い傷跡を残してはいない。雨も先刻は瞬間的に激しく降ったものの、今は止んで静かな夜に戻ってしまった。明け方にやってきて、南木曽のような災害をもたらすのだろうか?

2014年6月21日土曜日

霧ヶ峰のレンゲツツジ:2014

2年ぶりに霧ヶ峰のレンゲツツジを見に行った。日本に帰国した年にも訪れたが、その日と同じ日となった。レンゲツツジが一番綺麗な季節に来ることができて本当に嬉しい。車山から八島湿原にかけ、緑色を背景に、橙色の群落が広がっている様を見たのは本当に久しぶり。鹿対策が5年かけて、ようやくうまくいったことの現れなのだろう。



八島湿原に周り込んで見渡すと、レンゲツツジの群落のオレンジが丘の斜面に確認できる。森を挟んで丘の下には、昔泊まったキャンプ場も見える。もうかなり前のある真夏の早朝、朝霧の中に横たわる湿原を、色とりどりの高山植物が飾り立てる様を歩いて見て回った記憶は、ついぞ昨日のことのように鮮明なのに、廃れたキャンプ場の施設は厳しい冬に手入れもされずに曝されて、もうボロボロになっていた。日本でもっとも綺麗なところにあったと思ったこのキャンプ場は、営業不振で2007年に閉鎖になってしまった。いまだに信じられない。
八島湿原。遠景に蓼科の頂が、手前の丘にはレンゲツツジの群落が見える。
鎌が池キャンプ場に行く途中の森。

2014年6月20日金曜日

梅雨の森:小梨の開花

先週は蕾だった小梨が開花していた。満開をちょっと通り過ぎた感じ。
小梨の花(ズミが正式な名称らしい)
やっぱり白い花。赤い色はどこにも見当たらないのが不思議。川沿いには満開の木も残っていて、梅雨空の雲の下、柔らかい白色が森の緑に映った。

空気はひんやりしていて、ここにいるだけで気持ちいい。

コバイケイソウが1、2輪ほど蕾を付けていた。咲き出したら、「梅雨の森」は、「夏の高原」に姿を変えるはず。あともう少しなのだろうか、それともまだまだなのだろうか?

2014年6月6日金曜日

梅雨の森:小梨の花蕾

今年の梅雨入りは、いつもより1週間ほど早いらしい。そのうえ、「梅雨明けは遅れる模様」とも。その原因は「エルニーニョ」だそうで、気象予報士たちは口裏を合わせたかのように、あっちでもこっちでも、このことばかり話している。たまには、その「エルニーニョ」がどうして今年は発生したのか説明してもらいたいものだ。

先週、蛍を見た。稲の背丈はまだ低いので、水田の水面で蛍の光がよく反射する。その色があまりにすゞやかで、ついつい見とれてしまった。...が、LEDに換えたばかりの街灯がやたらと眩しくて、興醒この上ない。CdSだけじゃなくて、手動スイッチもつけるよう要望書でも出そうか?

梅雨の最中、高原の森へ散歩に出かけた。梅雨空のどんよりとした灰色は、落葉松のまだ柔らかい新緑をよく映す。が、ちょっと視線をそらしたとき、予想外の色が暗い緑色の背景に浮かんだ。薄い赤色の点々。よくみると、それは小梨の花の蕾だった。

ここは標高1800メートルなので、花暦からすると、今が「春」まっさかりのタイミングだ。先週などは山桜がまだ咲いていたし、スミレも山の土手に満開に咲き乱れている。小梨の花もひと月程前に麓で見た。真っ白な花が無数に咲いて、それは綺麗だった。あの真っ白な小梨の花が、その蕾は林檎の赤色のような色をしていたことは、今回初めて知った。調べてみると、開花すると、蕾の赤色は消え落ちて、花びらには白色だけが残るらしい。不思議なものだ。

小梨の花の蕾。林檎の花そっくり!ハナカイドウにもよく似ている。
また秋に来て、今度は小梨の実を観察してみたい。小さな、サクランボのような果実が無数になる様子には、なぜか心魅かれるものがある。それは、冬の訪れ直前の、最後の「色合い」だからかもしれない。

2014年5月31日土曜日

セシウム汚染の限界はどこにあるのか:甲府盆地と野辺山高原

2週間程前に、南八にある屏風山のセシウム汚染のことを書いた。八ヶ岳の南麓にも、わずかではあるが、福島原発事故に由来するセシウムの痕跡は残っていた。この放射能汚染をもたらしたプルームが甲府からきたのか、それとも信州側から来たのか目星をつけるため、今回は、野辺山のキャベツ畑土と、甲府双葉ICの林の土を採集し、ガンマ線スペクトルを測定してみた。
赤線が屏風山、青線が甲府双葉、緑が野辺山。
測定時間は全て18時間。データのガタツキを抑えるため、
該当エネルギーの前後2チャネルを使った平均値を用いた表示にしてある。
野辺山は以前より線量は測定してきたが、土壌汚染に関しては今回が初めてとなる。甲府方面に関しては線量もあまり測定していなかった。どちらも、現在の測定では、0.04-0.06 μSv/h程度と非常に低い値となっている。

しかし、上のスペクトルをみるとわかるように、甲府にしても野辺山にしても、Cs-137のピークがはっきりと検出できる。また、Cs-134のピークに関しては、E=606keVの方はBi-214の寄与と重なってしまって不明瞭だが、E=796keVのピークがなんとか見えるような気がする(屏風山と野辺山の場合は比較的はっきりしていると思う)。算出された放射能レベルは、甲府盆地で56.5 Bq/kg, 野辺山で65.3 Bq/kgと出た。(ちなみに屏風山は34.7 Bq/kg。)

つまり、野辺山高原と甲府盆地の両方に、放射性プルームは到達していたという結論だ。放射能汚染は、関東平野から甲府盆地にかけて広がっていると思われるので、中央道を上りながら測定することで、汚染レベルが上昇していることを確認する必要がある。

静岡、そして甲府のセシウム汚染が確認された以上、富士山周辺の汚染はほぼ確実となった。はたして、その汚染レベルがどのくらいなのか?おそらく50〜100 Bq/kg程度ではないかと思われるが、ホットスポットという難敵がいるので、予断は禁物である。

それにしても、原発事故から放出される揮発性の放射性物質というのは、「ほんとうに遠くの方まで拡散するんだなあ」と改めて思い知らされた。大飯原発の再稼働禁止の判決を出した裁判所も、ようやくこういう事実に気づき始めているのだと思いたい。一方で、産業界は極めて原発の危険性に対して鈍感だ。原子力規制委員会から、島崎先生を追い出そうとしているようだが、ひどい話しだ。反対するものを徹底的に省き、粛正するやり方に見える...太平洋戦争の失敗に対する反省が、今の経済界には無い。

2014年5月25日日曜日

皐月の末の山桜

皐月も終わりに近づいた。もう梅雨も間近だろう。標高1800mの蓼科高原へいったら、山桜が満開だった。ここは今ようやく春が到来したところと見える。気持ちが巻き戻されるような不思議な感覚。