2012年7月22日日曜日

千曲川のウグイ(ハヤ)のセシウム汚染

小諸市の産廃埋め立て地周辺の地下水が鉛で汚染されてしまった件を書いていたとき、上田で獲れた千曲川のウグイ(地元ではハヤという)がセシウムで汚染されている(2.3Bq/kg)ことについて触れた。信濃毎日新聞には、これは長野県農政部による調査結果だとあり、佐久市ではセシウム137のみが検出(1.7Bq/kg)、千曲市では検出されなかったとも書いてあった。しかし検出限界のことや、γ線スペクトル、そして検出に使った機械のことは一切書いてない。正直いって、信毎の記事の書き方は甘い。科学的な思考に慣れてない記者が書いているのではないか?

長野県の農政部のホームページに直接アクセスしてみると、からくりがよくわかる。まず、この検査を最初に行った今年の4月19日の欄を見てみよう。検査を行ったのは、長野県環境保全研究所。ここは、長野県が運営する研究所であり、公的機関だ。

セシウム汚染が見つかったという上田市のウグイの欄を見ると、検出限界はセシウム134と137が、それぞれ0.9Bq/kgと0.6Bq/kgだ。1Bq/kg以下の精度で測定していることから、結構時間をかけて丁寧にゲルマニウム半導体スペクトロメータ(もしくはそれに匹敵する能力をもった機械)で測定していると思われる。とてもいいことだと思う。丁寧に測っているからこそ、検出限界が低くくなり「汚染」が発覚したわけだ。実際、検出限界が0.6Bq/kgのセシウム134に対し、0.8Bq/kgという検出限界ギリギリのところで「汚染」が判明している。

一方、セシウム134が「検出されなかった」と信毎が報道していた佐久市のウグイだが、よくよく農政部のデータを見てみると、検出限界が0.9Bq/kgになっている!つまり、上田のウグイ(0.8Bq/kg)だって、この精度で測定すれば「不検出」になる。セシウム137の汚染具合を上田と佐久で比較すると、それぞれ1.5Bq/kgと1.7Bq/kgとなっているのだから、両者ともにほぼ同じセシウム汚染があると考えるべきだ。(こういうこともあるから、測定誤差つまり標準偏差のデータも農政部は公表すべきだ。測定精度の悪いγ線スペクトルはだいたいガウス分布で近似できるから、標準偏差は簡単に計算できるはず。)つまり、佐久市のウグイにセシウム134が無いというのは間違いで、たぶん0.84Bq/kg程度のセシウム134汚染があるのに、雑な測定をして検出限界を大きくしてしまった結果、「単にピークが見えなかった」に過ぎない。

とすると、佐久市のウグイのセシウム汚染もやっぱり2.5Bq/kg程度あるはずだ。長野県の研究機関の研究員は大きなミスを犯してしまったことになる。深く反省してもらいたい。

それにしても面白いのは、上流にある佐久の方が、下流の上田よりも汚染度合いが若干高いということだ。セシウム137に関しては、上述したように佐久1.7Bq/kg、上田1.5Bq/kgだ。これは、佐久の大地の方が汚染がひどくて、下流に向かって「拡散」していることを意味しているのではないか? もし汚染が上流下流で一様なら、上流から下流にかけて汚染物質は集積してくるから、下流の方が汚染がひどくなるはずだ。

周知のように、佐久地方には、ホットスポットである「軽井沢」や「佐久市内山」があり、その水系は千曲川に流れ込んでいる。(さらには、フジコーポレーションという、高い放射能をもった焼却灰などの放射性物質の最終埋立地すらある。)以前から河川を通じた汚染拡大の可能性を疑っていた人はたくさんいたと思う。ウグイのセシウム汚染は、この予想/疑念を肯定する、もうひとつの事実になったと思う。

汚染が報告された上田と佐久に対し、千曲市で獲ったウグイは「セシウム不検出」だったと県は発表し、信毎はそれを鵜呑みにして人々に伝えた。しかし、農政部のデータをよく見ると、検出限界はセシウム134、137に対し、それぞれ3.8Bq/kgと3.3Bq/kgと、上田や佐久のものと比べて4倍から6倍近くも大きくなっている。つまり、相当雑な測定をした訳だ。こんないい加減な測定ならば、上田のウグイも佐久のウグイも「不検出」となる!どうして、こんなつじつまのあわない測定を県の研究所はやったのだろうか?政治的なプレッシャーがかかったならばまだしも、単なるぽかミスだとすると、県の研究所の能力の低さを証明していることになりかねない。(プレッシャーをかけた政治家はかなり科学を理解していることになるから、ある意味頭がいいといえる。)さらに、この記事を書いた信毎の記者は、検出限界の意味をまったくわからず記事を書いたのだろう。政治的なプレッシャーがあったか嗅ぎ付ける事もできない上に、県の研究所の大きなミスを糾弾する機会も逸している。真実を社会に届ける役目を負った新聞社としては、失格といわざるをえない。信毎は歴史的にはとても立派な記事を書いて来たし、その政治的スタンスは今でも素晴らしい所があることは認めるので、この小さな記事のミスに関しては深く反省し、一ランク上の新聞社に進化してもらいたいと思う。

科学者の立場から、長野県農政部が今年4月に発表したデータを読み取る限り、結論はこうだ:千曲川流域のウグイは、佐久市から上田市、千曲市にかけて、福島原発から飛んできた放射性セシウムによって汚染されてしまった。そして、それはおそらく佐久地方から流れ出していて、下流にいくと若干薄まっているかもしれない。結論を得るためには、詳細な調査研究が必要だろう。これは県の研究所や農政部がやるべき仕事なのに、やってないのだから、怠慢といわれても仕方あるまい。

さて、もうひとつ面白いことがある。これも長野県農政部のデータを眺めていて見つけたものだ。県が最初の測定を行った4月には、(多少の怠慢はあったものの)一応上田と佐久の測定では検出限界1Bq/kg以下の高い精度で、「ある程度」丁寧な測定をしていた。ところが、これが信毎などによって報道されて、「騒がれた」と感じた長野県は、検出限界を一気に引き上げてしまった。つまり、「正直者は馬鹿をみる」と感じたのか、丁寧な測定はこりごりとばかり、雑な測定ばかりをやり続けることに決めてしまったようだ。ひどいことに、最近では検出限界を10Bq/kgほどにまで押し上げて、「検出されず」などと嘯いている。こういう「ズル」をやるのが長野県なのだろうか?恥ずかしくないのだろうか?また、それを見抜けない信毎も恥ずかしい。最近でも、長野県の農産物、水産物、それに牛乳は「セシウム不検出」だ、などと報道していたが、これだけ検出限界が高ければさもありなん。こんな情報は役に立たない(チェルノブイリの膀胱癌患者の尿は6Bq/kg程度だと前にも書いたが、これからは低線量被曝こそが問題となる)。詰めが甘すぎる。

千曲川に住む魚のセシウム汚染は依然として存在していて、それは月日を経るごとに悪化している可能性がある(セシウム137の半減期は30年だから、そうは簡単に消えてなくならない)。長野県の雑な測定のせいで、たとえ改善していたとしても、それがわからない状態にある。こういうのは、見て見ぬふりをして怪我人を放置し、死なせてしまう類の犯罪とよく似ている。

夏休みになって、信州に帰省してくる人は多いだろう。都会の子供達は、千曲川の魚を捕まえて、河原で焼いて食べたいと思うかもしれない。しかし、長野県がしっかり調査してくれない限り、千曲川の魚の安全性汚染の有無は証明されていない。丁寧な測定によって「無実」が証明されるまでは、食べるのを避けた方がいいだろう。

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