それは、アメリカの科学アカデミーの発行する学術誌PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA)に載った論文だ。この学術誌には、以前に名古屋大学を始めとする日本の研究者たちがセシウム汚染分布のシミュレーション結果が載ったこともある。
今回の論文は、アメリカのスタンフォード大学などに所属する海洋学者たちが書いた論文で、"Pacific bluefin tuna transport Fukushima-derived radionuclides from Japan to California"という題が付いている。「福島原発事故に由来する放射能物質で汚染されたクロマグロが、太平洋を横断しカリフォルニアまで回遊していること」についての研究で、今から一年前に発表されている(2012年3月)。
太平洋を西から東へ移動するクロマグロ(Pacific bluefin tuna)の回遊の概念図。 丸いグラフは、放射能汚染が確認された個体におけるセシウム同位体の内訳を示す。 赤がCs-134、黒がCs-137に対応。円の大きさは、セシウムの総量を表す。 矢印は新陳代謝の度合いを示す。(論文の図1Aより引用) |
回遊魚や渡り鳥の移動概念図。論文の図1Bより引用。 福島第一原発から汚染水を垂れ流しにしてはいけない理由の一つが ここにある。 |
しかしながら、これらの値は、カリフォルニア海岸の沖合にいたクロマグロに対するものであることを忘れてはならない。つまり、海水の放射能汚染が強い日本列島付近ではもっと魚の汚染は強いはずで、太平洋を横断するにつれ、体外に排出されたり、汚染の少ない食物を食べ始めることで、マグロの汚染が次第に軽減されていく効果を忘れてはならないということだ。放射性崩壊の影響も考慮に入れて、この論文の研究者たちは数値モデルを構築し計算を行ったところ、マグロが日本近海にいた頃の汚染は、カリフォルニアで検出された値の1.5倍から15倍ほど高かっただろうという結果を得た。すなわち、日本近海のクロマグロは、73-140 ベクレル/キロほどの汚染があるということだ。実際、日本政府(農林水産省)の調査結果を見ると、マグロは60-170 ベクレル/キロ程度に汚染されているそうで、ほぼ計算値と一致する。日本の法律では100ベクレル/キロ以上に汚染された食物は口にしてはいけないことになっている。日本近海で取れるマグロはこの禁止レベル程度に汚染されているということを、この論文は示唆している。
この論文の結果は少し前のデータに基づくものだが、農林水産省が発表するデータは、現在も更新され続けていて、とても役立つ情報となっている。それによると、東日本の広い範囲でマダラや川魚などの汚染が顕著になってきているのがわかるし、福島沖の魚は軒並み高い汚染が見つかっている。東京湾に注ぐ川に住むウナギの汚染も最近発覚した。これに加えて、マグロがやられているとなると、日本人(とりわけ東京の人間)の食生活は大きな影響を被るのは必至だ。(食生活を顧みない人はしばらくは影響を受けないかもしれないが、数十年後に健康を害して深く後悔する人も中には出てくるだろう。)
大きな生態系のつながりが海にはあるということを考えれば、東電が外国から訴えられる日が来ても不思議ではない(某関西の中核都市の市長のように)。現代の日本人は国際感覚が麻痺してきていると言われても反論できないだろう。