2012年6月30日土曜日

指数関数的爆発:大飯原発再稼働の反対デモ

毎週末、大飯原発の再稼働に反対する人々が、官邸前に集結している。その数はついに4万人に及んだ。昨日も大勢の人が官邸前に集まったと東京新聞が報じている(20万人!)。これだけの人数の人がデモを行っている写真を報道したのは、初めてなんじゃないだろうか?

「膨れ上がる再稼働反対」の記事より
これをみて物理学者なら、「相転移」か「指数関数的爆発」という概念を想起するのではないだろうか?イメージでいうとこんな感じだ。
指数関数的爆発と相転移の概念図。
単位は適当にとった...
両者とも時間0を境に様相が変わる現象のことだ。時間0のことを(大雑把に言って)「臨界時間」という。

昨年あれほど低調だった反原発の意見は、いまやこれだけの大人数が、官邸前にわざわざ電車を乗り継いで遠方からやってくるまでに成長した。これは、相当な数の日本人がポテンシャルとして「再稼働反対」の意見をもっていることの反映だろう。「潮目」は変わったと思う。

実は、原子炉も「臨界」現象を利用している。核反応の始めでは、原子炉から漏れ出る中性子線の方が多く、投入した中性子の数に対して出てくる中性子の数の方が小さい。この状態でなにもしないと、反応は止まってしまう。しかし、核燃料棒を接近させたり、制御棒を引き抜くことで核分裂の反応率を上げると、連鎖反応によって飛び出してくる中性子の方が増えてくる。投入する中性子と、出てくる中性子の数が等しくなったときが、臨界状態だ。これを越えると、反応は爆発的に進み出す。原子炉なら暴走するし、原爆なら炸裂する。

臨界をちょっとでも越えると、制御が不可能になる。反原発の波を伝搬させるためには、なんとかしてこの「臨界」を越える必要がある。一方、当局もそのことはよくわかっていて、臨界に到達する前になんとか手を打とうと躍起になっている。臨界を過ぎてしまうと、当局が何をやろうと国民の勝利は確実となるからだ。

相転移や指数関数的爆発の現象は、「不幸の手紙」や「ねずみ講」と同じで、噂が噂を呼ぶ形で増大しいていく。したがって、その爆発的増加を止めたいとするなら、参加者が少ないうちに横のつながりを切ってしまえばよい。よくやるのは、「リーダーの検挙」や「首謀者の曝し首」というやり方だ。(そういえば、昨日、俳優の山本太郎氏の姉が大麻所持で逮捕されたが、これは公安が脱原発運動の中心にいる山本氏の周辺のあら探しを執念深くやった成果なのかもしれない。彼らは必死なんだろうが、ここまでくると山本氏を潰した所で、反原発の流れにはなんの影響もない。)たとえばアリの群れに襲われたとしよう。一匹のアリが体によじ上るうちに、二匹以上潰すことができれば撃退可能だが、それが逆転するとまずい状況となる。しかし、そのような「危機的」状況でも、アリのリーダー(女王アリ?)をやっつけて群れ全体の団結を消滅させれば、なんとか窮地を脱することができるだろう。

アリに襲われた人にとって最も恐ろしいのは、群れ全体が敵意を持っていて、個々のアリだけではなく、女王アリを潰しても、群れの襲撃が止まらないときだ。インターネットというのは、そういう「中心」を持たない集合体といえる。元々、核攻撃に遭っても機能を失わないよう中心を無くしたネットワーク構造として冷戦中に開発された概念だ。(そういう意味では、東京に政治経済の機能を一極集中させた日本を壊滅させるのは、非常に簡単。大地震でもよし、大津波でもよし、核爆弾一発でもよし。太平洋戦争でも、米軍のとった「飛び石作戦」により、南太平洋の島々をつなぐ拠点を撃滅されてはネットワークを寸断され、その度に日本軍は勢力を削がれた。)中心を持たない集団に襲いかかられると、体制は意外に脆い。どこを攻撃していいかわからなくなるからだ。ハッカーの集団も似たようなもので、能力の高いハッカーがネットワークを通じて緩く結びつくと、その対処は非常に困難だ。やっつけてもやっつけても、四方八方から攻撃がやってくる。

相転移や指数関数的爆発によって、中心が無くなり、集団性が高まると、「国民の意思」を無視し続けることは容易ではなくなってくる。国民を無視し、やりたい放題の政治家と官僚、そして財界の「暴走」を止めるには、群れになって彼らに襲いかかるのが最強の攻撃方法だ。臨界を越えさえすれば、個性は消えるので個人攻撃に曝されることもなくなるだろう。安心して官邸や国会に赴き、声を上げて本心を語ることができる。日本を、そして日本人を喰いものにしているごく少数の特権階級の人々に対し、最後のトドメを刺す日は近いような気がする。




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