田崎さんの「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」を買った。いままで原発の問題を軽視してきた理論物理学者たち(私も込みで)。彼らが、福島の事故を契機に「真剣に」考え出すと、こういう内容になると思う。というのは、読んでいて、この1年自分が考えて来たことと似たようなことがたくさん書いてあったからだ。よく勉強してあるし、さすがに優秀な人だと感心した。
でも、彼はこの分野の真の専門家ではないということもよくわかる。理論物理学者が陥りがちな、問題の単純化のしすぎ、あるいは楽観的な分析が目立つ。手軽に手に入る資料に基づく分析が多く、その文章が誰によって、どういう背景のもとに、いつ書かれたか、そしてそれが政治によって歪められ、どれほど誇張されているかなど「裏の部分」を知った上で書いてある感じはしない。手近にある文書に書いてある仮定を信じ、そこから出発して論理的に、そして「科学的に」話が進んでいく。仮定自体の正当性も時には疑う「政治社会」の観点から見ると、掘り下げが甘い所もあると感じる人もいるかもしれない。かく申す私本人も、まさに田崎さんと同じようなアプローチを取って来た。だから、まさにこの本は、「理論物理学者による、福島原発事故の理解の仕方」を知る上で貴重な文献となると思う。私たち理論物理屋は、だいたいこういう風に考えているのだ。
しかし、この1年半の経験により、こういう楽観的、あるいは単純化しすぎる物理学風のやり方が、必ずしも現実をうまく記述できるとは限らないということを思い知らされた。こういうやり方で得られた楽観的な議論が何度となく裏切られた。現実の問題を扱う時、「第一近似」や「定性的説明」は、一般の人にはかなりの落胆をもたらすようだ。彼らにしてみれば、このような「いい加減な説明」は、「的を外してる」とか「間違えてる」とか思うらしい。さらに、完全に私たちが間違えた予想もある。例えば、東京を中心とする関東地方のみならず、長野県や静岡県までもがセシウム137やヨウ素131で汚染されるなんて、想像もつかなかった。おおいに反省している。
さて、田崎さんの本に、カリウム40とセシウム137、134との比較が出てくる。この部分を読んで、昨年考えたことを思い出した。
前にも書いたように、セシウムもカリウムもアルカリ金属で、ナトリウムとよく似た化学性をもつ。つまり、直感としては「食塩みたい」な物質だと思えばいいだろう(こういうのがまさに過度な単純化の一つかもしれないが...)。また、カリウムやナトリウムは神経伝達のための電気信号を伝えるイオンとして体内で重要な役割を担う。ということは、いったんセシウムが体内に入ると、カリウムやナトリウムと同じ経路を通って体中に運ばれる。
田崎さんは1ベクレルのカリウム40と、1ベクレルの放射性セシウムを比較している。しかし「ベクレル」という放射能の強さを測る単位は日常生活ではあまり使わないから、ベクレルだけをもとに議論を進めるのではなくて、「グラム」とか「キログラム」とか「重さ(質量)」についても同時に考えたほうがいいと個人的には思う。
たとえば1グラムのセシウム137(これはもの凄い大量の「死の灰」だが、議論を簡単にするために、この非現実的な量をひとまず受け入れてもらいたい)と、1グラムのカリウム40を考えよう。
カリウム40の半減期はおよそ12億年、一方セシウム137は約30年。統計力学の専門家である田崎さんは、半減期を「寿命と考えるな」と書いているが、核物理では(特に実験家は)寿命と見なして直感的な議論をよくやる。(もちろん、大ざっぱな近似として「寿命」と考えるだけであって、やっぱり「通常の寿命」とはたしかにちょっと違うかもしれない....。)それぞれの核種の「寿命」をみれば、カリウム40はなかなか放射線を出さないけれど、セシウム137は「激しく」放射線を飛ばす、というイメージを持っていいだろう。つまり、半減期は放射能強度(つまり「ベクレル」)と深い関係がある。
1グラムあたりの放射能(単位質量あたりの放射能のことを比放射能、specific radioactivityという。熱力学の比熱みたいなもの)を計算すると、
カリウム40 は、26万 ベクレル/グラム
セシウム137 は、3兆2600億 ベクレル/グラム
という比放射能をもつ(リンクはanl.govのデータ)。その比は1000万倍(!)もあり、セシウム137の方が圧倒的に強い放射能を持っている。つまり、セシウム137の「寿命」は短いから、どんどん放射線を放出して、放射能(単位質量当たり)が強くなるというわけだ。
しかし、これだけではだめで、人間の体にはいったいどの程度のカリウム40(K-40)が入っているのか調べる必要がある。これは田崎さんの本にもあるし、wikipediaなどで調べてもすぐにわかる(若干計算する必要があるかもしれないが)。だいたい、体重の0.2%だそうだ。60キロの体重の人は120gのカリウムを体内に持っていることになる。さらに、このカリウムの9割以上が安定なK-39で、肝心のK-40は0.012%しかない。つまり、120gの全カリウムの内、カリウム40は、わずか14mg程度しか体内に含まれていないことになる。しかし、比放射能の値が大きいことには留意しないといけない。つまり、60キロの体重の人が浴び続ける(カリウム40から来る)自然放射能の強さは、比放射能と質量をかけて、26万Bq/g * 14mg * 1e-3 = 3700 (Bq)という結果を得る。思いの外、大きな値になったと感じる人は多いのではないだろうか?
つまり、原発事故とは関係なく、古の昔より人間は、3700 Bq程度の放射能物質を体内にもち、その分の放射線を浴びてきたことになる。原発推進派の人たちは、「だから10Bqとか1Bqくらいで、しのごの言ってんじゃねーぞ!」と主張するわけだ。しかし、セシウム137とカリウム40は、まったく別の物質で、その人体への影響は異なる。重さと比放射能を同時に考慮した時、果たしてセシウム137や134は、カリウム40と比較して、人間への脅威となりえるのだろうか?この分析には、ちょっとした数理モデルが必要になる。次はその考察をしてみよう。
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