2012年5月28日月曜日

「ヨハネス•ケプラー:近代宇宙観の夜明け」を読む

ヨハネス•ケプラー 近代宇宙観の夜明け


アーサー•ケストラー著(小尾信彌、木村浩訳)
ちくま学芸文庫(2008)


ケプラーの研究内容、研究の発展史、人柄などを詳細にまとめた良書。躁と鬱の間で振動し、矛盾するケプラーの性格が、どうやって偉大なケプラーの法則へと結実していくかが、省略なしに記述されている。ハンガリー人である著者は、おそらくドイツ語とラテン語が読み書きできるはずだ。つまり、ケプラーのメモや著書、手紙などといった第一種の文献に直接アクセスしているはずだ。したがって、孫引きばかりの日本人の科学史の本とは違って、細部にいたるまで丁寧な取材がしてあって、ケプラーの知られざる一面をよく知る事ができる。


実は、周転円のpostscriptプログラミングは、この本にあった「卵形軌道」の再現を確かめるために行った。最初ケプラーは、重力と慣性の効果を、離心円上を回る周転円の中心と、周転円上を回る惑星とが、互いに逆向きに回転することで取り扱った。その結果出てくるのが、卵形軌道だ。面積速度の法則をすでに発見していたケプラーは、この卵形軌道でもその有効性を確認しようとするのだが、いかんせん卵形の面積積分は難関で近似的にやらざるをえなかった。このときの近似に使った曲線がなんと楕円だった。ケプラーは「ああ、この卵が楕円だったらいいのにな」と泣き言をいっていたらしい。が、その泣き言の願望こそが真理だったというオチがついている。それに気付くのに1年ほどかかったらしいが、それをノロマといえるだけの自信は私にはない。なぜなら常人ならば、何年経っても気付かずに、単にあきらめてしまうだろうから。


ケプラーは間抜けでかつ緻密であるという、まさに双極性の複雑な人格だったことがあちこちの逸話に垣間見えるが、いちいち突っ込んでいたら話が先に進まない。ケプラーネタは、ディラックネタにも匹敵する程おかしいはず。研究する価値ありとみた。


第三法則は奇跡だと、高校の頃から思っていた。公転周期Tと楕円の長半径aの関係が2/3乗に比例しているなんて、誰が思いつくだろう?と脱力に近い驚きを感じた。この本を読んだところ、この法則は「果てしない試行錯誤」の結果発見されたと書いてあった。安心したというか、驚いたというか、実に複雑な心境だ。その執念を支えたのは、たぶん宇宙の構造は数字にあり、と思い込んでいた強迫性の精神構造だったかもしれない。なんにせよ、ケプラーは史上最高の間抜けで執念深い天才であることは、万人の認めるところだろう。

0 件のコメント: