次に、セシウム137による長期間にわたる食物汚染の影響をモデル化してみたい。半減期が30年のため環境中に長く残るセシウム。今ではよく知られているように、土壌や飲料水、そして動植物を広く汚染しており、この影響は100年以上続く。とはいえ、関東周辺の汚染は、福島ほど高くはない。すなわち、低レベルの放射能を長期間にわたって浴びることになる。そして、この被曝は食物摂取等による内部被曝である。
セシウム137は、多少筋肉中に蓄積する率が高いそうだが、それほど際立っている訳ではなく、基本的には体中を動き回る(とEPAのホームページにはある)。そして、尿によって排出される。したがって、医者の中には、膀胱癌の可能性を疑う人もいるようだ。平均的な排尿回数は5−7回程度と言われており、仮に6回だとすると4時間に一度ということになる。セシウム137は半減期が長いため、これだけ短い時間内に出す放射線の数はごく少ない。しかし、出しても出しても、年がら年中次から次へと体内に入り込んでくるとすれば、膀胱は常に被曝し続けることになるだろう。
(もちろん、体全体で考えれば、必ずどこかで被曝することになるが、場所が散らばっていれば、特定のDNAが損傷する確率は下がるため、癌のリスクは随分下がるはず。甲状腺に溜まるヨウ素131に比べて、セシウム137をあまり危険視しないのは、こういう理由があるからなのかもしれない。しかし、最後は必ず膀胱に来るはずだから、医者の中には膀胱癌のリスクが高くなると考える人も居るのだろう。)
以上の考察より、セシウム137は特定の部位に沈着しないので、ある器官の癌化する確率を計算するのは懸命ではないだろう。ということで、体全体の内部被曝量を計算するに停め置き、その結果が医学的に何を意味するかは医学者に聞いてみるしかないだろう。
対応する微分方程式は非同次になるので、特殊解と同次解の線形結合が一般解となる。(大学3年の物理数学!)特殊解は定数変化法を用いて探す。同次解は自明。これにより、体内に蓄積するセシウム137の量が計算できる。
今回のモデルは次の2つの仮定によりなる:(1)関西に住んでおりプルームを全く吸わなかった人が対象で、(2)日本全国の農畜水産物が汚染され、関西の食材にも低レベルのセシウム137が混じってしまった場合である。このとき、一日に摂取するセシウム137の量をn
0と表すことにする。
面白いことにt=t
bln
2(t
p/t
eff)まではセシウム137の体内蓄積量は増加し極大値をとる。これ以降は次第に減少し、t=∞で0に収束する。セシウム137のデータを使って、極大値となる時間を計算すると
約2年弱である。
「国産」というラベルが張られた福島産、栃木産、茨城産などの野菜や肉、そして福島産、宮城産、千葉産、茨城産などといった海産物は、現在日本の市場に流通している。これらが、低レベルのセシウム137を含んでいる可能性は大きい。また、政府の設定した「基準値」以下であれば、セシウム137が含まれていても合法的に出荷できる。「国産」原料を用いてつくられた加工食品(ケーキ、ドーナツ、ヨーグルト、肉まん、餃子、コンビニ弁当などなど)ともなると、セシウム137が入ってないものを探す方がいづれは難しくなるだろう。このような状態が、例えば3年で生じると仮定する。そして、関西の人々といえども、日常的に「薄められたセシウム137入り食品」を食べる時代が訪れるとする。そうすると、その2年後には、彼らの体内に蓄積したセシウム137は最大値をとるというわけだ。
プルームを吸い込んだ関東人のケースはというと、最初はもちろん関西人よりも多くのセシウム137を体内に持っている。が、それは次第に減ってくる。この場合については別の機会に検討することにしよう。
さて、放射能の強さを計算したいが、基本となるのは、放射能の強度は放射性物質の量に比例するという考え方である。しかし、セシウム137の場合は体中に散らばってしまうので、単体の場合と違って、随分密度の薄い放射性物質を考えることになる。したがって、基本的な考えが成立するかどうかは不確かだ。とはいえ、あまり難しい理論をつくっても理解するのが大変なので、ここではナイーブに基本的な考えに従って放射能を計算することにする。結果は過大評価になるはずだが、そこで得られる情報は無意味ではないだろう。
微分方程式を解くと、時間tまでに浴びる内部被曝の線量(ガンマ線)は次の式で与えられる。
このままでは理解するのが難しいので、ヨウ素131の場合と比較することにする。
前の計算でわかったのは、ヨウ素131のプルームを吸い込むと2ヶ月でその9割が放射線を出す、ということである。このとき吸い込んだヨウ素の量をN
0と表すことにしよう。
福島に住む小学生が吸い込んだヨウ素131プルームの影響と、大阪に住む小学生が汚染された食材を食べ続けることで受ける低レベル内部被曝の影響が同じ程度になるのは、いったいどのような場合だろうか?それを調べてみることにする。そこで、N
rad/N
0という比を考えることにする。たとえば、この値が1になったとき(100%)、大阪の小学生の長期間にわたる体内被曝の総量は、2ヶ月間で福島の小学生が浴びたヨウ素131からでる放射線の量とほぼ一致することになる。まずは、その時間を計算してみよう。
もし、大阪の小学生が毎日摂取するセシウム137の量が、福島の小学生の吸い込んだヨウ素131の量の1/100だったとするとどうなるか?(これはn
0/N
0=0.01に相当。)計算すると、そうなるまでに必要な時間は55年弱という結果となる。つまり、10歳の小学生が65歳となって会社を退職する頃には、福島の小学生と同じ程度のリスクを負う可能性があるということだ。
ただし、セシウム137が体全体に広がることや、モデルの仮定などを考慮すれば、そのリスクはヨウ素131よりは随分小さくなるはず。(たとえば、1/10。)だとすれば、70歳、80歳くらいまでは、リスクを引き延ばせるかもしれない。しかし、医療の進歩によって、彼の寿命が120歳まで伸びたすれば、セシウム137のせいで110歳になった頃病気になるかもしれない。とはいえ、ヨウ素131の恐ろしさに比べれば、格段にその脅威は落ちると言えよう。
もし、毎日のセシウム137摂取量が0.1%に抑えられたとしたらどうだろう。その場合は、福島の小学生と同じ被曝をするまでに550年弱かかることになる。いくら医学の進歩が急だとはいっても、100年後の世界の人間の寿命が600歳なんてことはちょっと難しいだろう(不可能とは言わないが)。とすると、セシウム137の低レベル内部被曝というのは、抑えれば抑えるほど効果があるということになる。摂取量が1/10に減る度に、10倍安全になる。逆に10倍増えると、10倍危険になる。もし、セシウム137の摂取量が、ヨウ素131の10%程度にまで跳ね上がるとすると、わずか5年半で福島の小学生と同じリスクを抱えることになってしまう。これは、大阪の小学生が高校を卒業する頃に、最初の癌が発症する可能性があるということだ。
次は、n
0/N
0=1%に固定して考えてみる。この値を上の公式に入れると、N
rad(t)/N
0のグラフは次の図の用になる。
|
汚染食品から、福島のヨウ素131プルームの1%に相当する
セシウム137を毎日摂取したときに浴びる内部被曝の総量。
縦軸の単位は%。横軸は日。 |
10年後(3600日)の内部被曝量は30%に達する。100%よりは随分低いものの、結構大きな値である。20年後には50%にもなる。このことは、ヨウ素131を吸い込んだ福島の小学生よりもリスクは小さいものの、低レベルに汚染された食品を毎日食べつづけると、病気になるリスクが結構な割合で生じてしまうだろう、ということである。ただし、多くの仮定が置かれており、その数字自体が信頼できるものとはいえない。しかし、摂取が少なければ少ない程よい、と主張する医者たちの意味することが、この図を見ると分かるような気がする。高をくくっていると思わぬしっぺ返しを受けることになる予感がある。