いよいよ、実効線量係数の本質に迫る内容に辿り着いた(と思いたいところだが...)。ICRP文書に基づいて作成された、
カナダ政府の書類の6ページ目に"Inhalation dose coefficients"というセクションがある。「吸入摂取における実効線量計数」という意味だ。
ここには、細かいことが書いてあるように見えるが、実は概略しか書いてない。ちょっとがっかりした。が、その概略だけでも見てみよう。まず、基本となるのは「呼吸モデル」と呼ばれるものだ。人間が空気を吸ったとき、その空気に含まれる物質がどのように体中を動き回るか、というモデルだ。ちょっと考えただけでも、これは相当困難で複雑な仕事に思える。が、裏を返せば、この手のモデルはかなりチャチ、つまり大幅な近似や簡略化がされているはずだ。(だからこそ、「モデル」なのだが。)
このモデルの出発点は、直径1マイクロメートルの微粒子を考え(これは、空気中に含まれる微粒子の平均的な値なんだそうな)、それを放射能汚染の密度で空気に混ぜて、「人間」に呼吸させる。注意すべきは、この「空気」は一定の汚染密度に保たれたまま、コンスタントに人間に
吸われ続けるという仮定があることだ。具体的には、成人の場合、一日の呼吸量を22立方メートル程度と仮定し、ここに放射能物質に対応する粒子を混ぜ込むのである。また、子供に対しては呼吸量を少なめに設定するので、汚染密度は高くなる。(詳しくは
こちらの表を参照。)このときの粒子密度が入力値、つまりベクレルの値に相当する。
次に、年齢に応じた生体運動力学(つまり、体の中で微粒子がどう動き回るかという理論)に基づいて粒子の移動を追跡。この際、
適当な人体組織の分布を考え、そこにおける微粒子の滞留時間、排泄時間なども
適当な値を仮定する。(これだけ見てもかなり複雑で、到底人体の体内活動の全てを考慮し尽くしたモデルとは思えない。かりにそれを試みたとしても、かなり大雑把なモデルになる予感がある。)
最後に、こうやって体中を動き回っているうちに、放射性微粒子が何回、どんな放射線を出すか(これは半減期や崩壊形式のデータから計算できる)、そして放射時にどの組織に居たか(肝臓の場合と、骨の場合では、放射線によるダメージ具合が異なる)をチェックし、それぞれの場所での等価線量を計算し、全ての和をとる。この計算を刻一刻と行い(つまり、十分短いサンプリング時間の間隔で)、人生の50年間程に相当する分だけ計算し続ける(つまり数値積分する)らしい。(「らしい」というのは、詳しい数式がまったく紹介されてないので、想像するしかないからだ。「50年程度」という数字は
ここから借用した。)
このシミュレーションをやり遂げると、50年間(!)特定の放射性物質を吸い続けたときに、人体が受けるダメージの総量が計算される。(
子供の場合は70歳になるまでだそうだ。)これが、出力つまり求めるべきシーベルト換算の線量となる。こうして、目出たくベクレルとシーベルトの関係(それも比例関係!!)が出るというわけだ。
例を挙げて考えてみよう。200ベクレルのヨウ素131を含んだ空気を考えよう。(含まれるのは単体蒸気のヨウ素131と考えて、まずよいだろう。)これを成人が50年間吸い続けると、一体どの程度の線量を被曝するだろうか?ヨウ素131の実効線量係数0.0074を使って計算すると、0.0074 × 200 = 1.48マイクロシーベルト。つまり、一年間の被曝量は0.0296マイクロシーベルト。さらに、一時間あたりに直すと、0.00000338マイクロシーベルト/時ということになる。(一秒あたりに換算すると凡そ0.000000001マイクロシーベルト/秒で、これは
以前の計算と比べ、だいたい2倍程度のずれがある。悪くないといえば、それほど悪くないのだが...)
この文書を読んでの私の感想は以下の通り。
- 複雑な体内循環を数値モデルでシミュレートしたのは賞賛に値するが、それでも人体の複雑さに比べれば、あくまで「簡単な」シミュレーションであって、現実とはかなりかけ離れたモデルだろう、ということ。
- この係数は50年間被曝が続いた場合、つまり長期の環境破壊を念頭においた計算だったのか、という驚き。つまり、実効線量係数の現在の巷の使われ方は見当ちがいだろう、ということ。例えば、瞬間的に東京の水が200ベクレル/kgになったからといって、それに0.02といった係数を掛け、キロあたり4マイクロシーベルト/時を被曝した、といったところで、その意味はまったく不明だ。というのは、東京の水が汚染されたのはせいぜい数日であり、50年のみ続けるのは不可能だからだ。
- 複雑な人体構造を「一次関数」と見なして、ベクレルとシーベルトを比例関係にまとめるのは、かなり乱暴な議論なんじゃないか?ということ。常識的にはかなり非線形なレスポンスをすると考えるのが普通じゃないだろうか?(食べる量を1/2にしたら、体重はすぐに1/2になるだろうか?)
案の定というべきか、実効線量係数を使うときは、その適用範囲に注意しなければならないことが分かって来た。
JET(核融合ヨーロッパ共同研究所)の元研究員だった、
件のイタリア人から最近届いたメールにあったコメントを引用しよう:Bq is more scientific. Sv makes sense just for the public and medical doctors.
ここでの考察を元に、
もう一度、巷に出回っている実効線量係数をみてみよう。