2011年2月17日木曜日

「月の科学」を読む

「新版 月の科学」竹内均、伊佐喬三著(昭和53年2月、NHKブックス)
昭和53年?1978年だから、かなり前の本だ。月に人類が到達してから約10年後、スペースシャトルの初飛行の3年前、ということになる。

実は、月の研究はここ数年で大きな進歩があった。一つは水の発見(学術論文はこちら)で、もう一つはヘリウム3の存在

前者は2009年に、NASAが月にぶつけた人工衛星がまき散らした月の土壌に水分子が含まれていたという発見のこと。とりわけ、太陽の光が永久にあたらない極地方のクレーターの影部分には、氷の形で水が大量に存在しているという観測結果が出たのは驚きだった。月面にこの水をもたらしたのは、太陽系を彷徨う無数の彗星だろう、と考えられている。月に移民したら、極の「氷」鉱山からの氷供給が重要なライフラインとなるはず。

後者のヘリウム3は、核燃料としての価値がある。ヘリウム3は希少な同位体で、地球上には、原子炉で作られたもの以外ほとんど存在しない。最近、ヘリウム3の超流動理論にノーベル賞が与えられたが、これも原子炉の実用化によってヘリウム3が生産できるようになったことによる。

月には大気がないので、太陽から飛んできた物質がそのまま岩石に吸着される。太陽はpp-chainと呼ばれる核融合を起こしており、その過程でヘリウム3をたくさん作ることができる。それが太陽の活動(フレアなどといった爆発的な現象)によって宇宙空間に飛ばされる(太陽風)。こうして飛ばされたヘリウム3が、この46億年間、月面に保存され続けてきたというわけだ。

実は、原子炉でヘリウム3をつくるのは手間がかかる。だから、原料としてヘリウム3から、核融合をスタートすることができれば、とても効率がよくなる。核融合炉はまだ完成していないが、いったん完成すれば、月に眠るヘリウム3は、原油なんかよりも、はるかに価値が高くなるはず。油田ならぬ「ヘリウム3田」が月のあちらこちらにでき、そこからヘリウム3を地球に輸入するための宇宙港が建設されるだろう。その周辺には大都市ができて、いまのドバイやカタールのように繁栄するのは間違いない。

「新版 月の科学」には、こういう記述はない。しかし、1978年までにわかっている事実だけでも十分おもしろい。それは、アポロ計画を筆頭とする月探査競争がとても重要な役割を果たした、ということでもある。最近、金星探査のために打ち上げた「あかつき」の失敗があったが、こういう失敗は、月探査を目指した頃の米ソはたくさん犯している。月を通り越してしまったり、月に激突したり、月についたのはよいが計測機器が壊れていたり、さらには、打ち上げ前に火事が起きてクルーが死んだりと、ありとあらゆる失敗を10年間やり続けた上で、偉大なる成功があった。そのことが、本書には淡々と書かれていて、ある意味感動した。

そして、アポロ計画に比べれば、スペースシャトルがいかに素晴らしいか、ということを再認識させてくれる。(しかし、今となっては、スペースシャトルも1980年代のテクノロジーであり、もはや30年前の古いものとなってしまった。あくまで、「アポロ計画と比べて」という意味。)

NASAの惑星探査のやり方が、月探査の経験を通して養われていったのは、間違いない。火星探査のやり方も、土星探査のやり方も、月着陸までの手順と瓜二つだ。そういう意味で、この「古典」はとても興味深い情報を提供してくれる。

月自体の記述は、やはり昔日の感がある。クレーターの成因について長年論争になっていたのは知っていたが、今ではあまり興味をもたれない。ただ、月の海が、古いクレーターの底に溶岩(玄武岩)が溜まったものだ、という説明は役に立った。望遠鏡で覗く時、半月とか三日月の際の「影領域」に月の海がくると、その縁の影が長くのびて、たしかにクレーターだということを実感する。実は、先月の半月において「危機の海」を見たとき、そう感じたのであった。また、Tychoやコペルニクスなど、「光条」を引いたクレーターは比較的新しいもので、隕石の衝突によって岩石が飛び散った様子がよく残っている、という説明も勉強になった。色が黒くないのは、岩盤を形成する斜長石がえぐられたままになっているからで、溶岩の噴出がないからだ。月の溶岩の活動はプロセラルム紀(30億年ほど前?)に終わっているようで、こういう派手なクレーターはそれ以後の衝突ということになるだろう。

巻末にある、惑星探査のまとめも面白い。1970年台の理解がどこまで進んでいるのか、よくわかる。水星の自転周期と公転周期の日がきっかり2:3だというのはおもしろい。たしか、カオス力学で出て来た共鳴という現象だと思う。土星のカッシーニの隙間がなぜできるか、というのも共鳴現象で説明できると記憶している。ただ、カオス力学は1990年代にならないと注目されないので、本書にはまったくその記述はない。

さらに、金星の磁場がないことが言及されているが、それは二酸化炭素のせいだ、とかいてある。これは間違いだと思う。実は、今でもこの問題には決着がついてないようだ。

同じ著者による「新々版」を読みたいところだが、竹内先生は数年前に亡くなってしまった。とても残念だ。

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