2012年12月17日月曜日

セシウム137の体内平衡量(2)

まずはICRPのモデルの概要を復習しておく。体内を複数の「袋」に小分けし、それぞれの袋への放射能物質の流入比、およびそれぞれの袋での半減期をパラメータとする。保存則の条件を課しつつ、通常の半減期の微分方程式をそれぞれの袋で立てて解く。田崎さんのモデルでは、放射線を出すことで放射能物質が減少する効果は無視している。

ここでは、体内を複数の袋に分けるのではなく、一つの大きな袋としてモデル化する。そして、核崩壊による物理学的半減期と、代謝による生物学的半減期の両者を並行して扱ってみることにする。(必要ならば、モデルを作ってから、物理的半減期を0にすればよい。)まずは、通常の半減期のモデルから、次のような微分方程式を立てる。

ここでN(t)は体内(大きな袋の中)に含まれる「死の灰」の数(原子の数)。λiは、i=1が核崩壊(β崩壊とかγ崩壊とか)に相当する係数、一方i=2が生物学的半減期に関連する係数。λと半減期(τ)はつぎの関係式によってつながっている。

ν は一日に摂取する 「死の灰」の原子数。tは「日」を単位として測定する時間とする。

この微分方程式は、定数変化法などを利用すれば解く事が可能で、

となる。この時、初期条件はN(0)=0と置いた。(t=0は、つまり事故のあった日である。)この式を見てわかるように、時間を無限大にすると(つまりt→∞)、N(∞)は平衡値ν/(λ12)に収束する。セシウム137のデータを利用すれば、セシウムがまったく体内に無い状態から平衡値に到達するのは、おおよそ事故から2年後という結果を得る。つまり、今が「そろそろ時間」というわけだ。

最後に、簡単なモル計算と比放射能の値を利用して、N(∞)をベクレル数に変換してみる。半減期が長いとすれば、比放射能(r)はr=(NA/M)(ln 2/τ1)と近似できる。ここで、NAはアボガドロ数、またMは原子量を意味する。この結果を利用すると、平衡状態の放射能(単位Bq)は

となる。bは食品の汚染限界値 (Bq/kg)。Wは一日の食品摂取量(kg/day)。最後のτ2は「日」の単位で測る。

日本国の法律によって、bは現在100Bq/kgと定められている(実際の摂取量は田崎さんが指摘しているように数十ベクレルであろう)。この計算では、全ての食品が一様にb(Bq/kg)まで汚染されていると仮定している。つまり「法定限度」の目一杯まで汚染が進んでいる極端な状況だ。しかし、この状況は法的には「問題ない」わけで、国は責任を負うことになるから、考察に値する。また、τ1は物理学的半減期でセシウム137の場合はだいたい30年、一方τ2はだいたい70日から110日(日本保険物理学会のデータより)。この生物学的半減期は、体を「大きな一つの袋」に見なしているようなので、今考えているモデルには適当だ。最後に、W(kg/day)は一日に摂取する食物の量(質量)だ。今回の計算では糖尿病患者向けに考案されたメニューを参考に見積もるとする。それはだいたい850gほどになる。糖尿病患者の食事ではお腹がすいてしまうだろうから、ちょっとだけ多めに見積もり、計算で切りのいいところ、つまり1kgとしよう。

セシウム137を例に取り、「死の灰」の放射能平衡値を見積もると、それは凡そ7000 Bqとなった。糖尿病患者用のメニューをもとに、セシウムの摂取量を見積もった事を考慮すれば、まあ10000Bq程度とみておけば間違いないだろう。(このあたりの数字の扱いが、いい加減といえばその通りではあるが、物理学者は大雑把なモデルから出てくる結果に対しては、オーダー、つまり桁だけに着目して議論を進める癖があることにご理解願いたい。)田崎さんのモデルを使って、上記の条件の下で計算しても、だいたい同じようなオーダーの結果を得た。

一日に100Bqの死の灰を摂取し続けると、最後はその10倍の死の灰を体に溜め込むことになってしまう。(この計算では生物学的半減期を70日としたが、これを110日とすると、平衡値は約11,000ベクレルとなる。)個々の食物の汚染値は気にするけれど、「平衡値」という観点は、一般の人には意外な盲点だったのではないだろうか?放射能汚染は低ければ低いほど「より安心」に近づくというのは、こういうことだったのだ。この問題を解いてみて、よくわかった。

天然に存在し、生物が地上に発生して以来、地球の生命がつきあってきたカリウム40は、体重60キロ程度の人の場合、常に4000 Bq程度が体内に存在している。それに対し、昨年制定された法定基準に従う最大限度(現実的な値でないにせよ)の汚染食物を摂取し続けた場合、私たちの体は大雑把にいって10,000 Bq程度の「セシウム漬け」になってしまう。田崎さんがすでに説明しているように、これだとカリウム40による自然放射線による体内被曝の2、3倍の放射線被曝を受けることになってしまう。

10,000 Bqというのは、体の中に飛び交う放射線の数が、一秒間に1万個、という意味だ。カリウムと合わせれば1万4千個ということになる。この数字を見て、もうだめだとか、まだいけるとか、いろいろな意見はあるだろうが、普通の小学生や中学生にこれでもいいか聞いてみたらいい。結局、より苦しむのは彼らになる可能性が高いから。きっと、「ヤダー、そんなの!」と言うはずだ。

彼らが背負うことになるかもしれない、この追加放射線量は、彼ら自身の咎ではなく、彼らの爺婆(あるいは父母)が自身の享楽のためだけに幼い者たちに負わせた重荷だ。だから、子供達は「やだよ」と、いくらでもいってよいのだ。(もちろん、言わなくてもいいけれど。)

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