2012年1月29日日曜日

SecurityTokyoによる、新宿の空中放射線量の研究測定

SecurityTokyoは、空中に浮遊している粒子が、どの程度放射性物質を含んでいるか、研究を始めた。これは、花粉の飛び交う2月後半から5月にかけての、セシウム花粉の影響を調べる上で、非常に貴重なデータとなることだろう。

ちなみに、測定場所は新宿のビルの屋上らしい。

恐ろしいことに、新宿の空気にはセシウム134とセシウム137が今日も浮いている。超微量ではあるが、東京都民はおそらく全員内部被曝している。

健康に影響あるレベルとかそういう話をする前に、政府を含む全東京都民は次のことを心の底から認識するべきだろう:東京はセシウム汚染された地域である。

そして、日本国を治めている者たちは次のことを心に刻むべきだろう:日本はその首都を、自分の手で放射能汚染してしまった世界最初の国である。そして、その原発事故に対する備え、技術力、政策判断力のレベルは世界に恥ずべきほど低い。






信州佐久が強い放射能を持つ焼却灰の埋め立て処理をしている件

信毎の7月の記事にもあるように、佐久市と小諸市の境にあるフジコーポレーションという廃棄物の最終処分場には、現在、8000Bq/kg以下の放射性物質を含む焼却灰や煤塵が埋め立てられている。その出所は、群馬県太田市を筆頭とする関東や山梨の諸県だ。(ちなみに、汚染のひどい船橋太田市から受け入れているのは大問題だ。)

この放射能物質の採集埋め立て廃棄に関しては、佐久市/小諸市の住民全員に対しての説明がなかった。(県や市は、住民のごくごく一部、主に商工関係者や集落の区長のみには、こっそり説明をしたらしいが。)昨日の県による説明会では、市民の不安や不満が爆発したようで、短い質疑応答時間では怒号や野次の飛び交う状況となり、時間は大幅にずれこんだという。その怒りの多くは、「知らないうちに持ち込まれた」という驚きに現在はあるようだ。しかし、忘れてはいけないのは、佐久地域が、関東地方に便利なゴミ捨て場として選ばれているという点だ。オリンピックだとかいう名目で、美しい妙義/佐久山地の環境を破壊して大慌てで作った高速道路が、今度は、関東から放射能物質を運び込む「コンビニエンス道路」として使われている。

佐久市の平野部や小諸市は、軽井沢町や佐久市の群馬県境部(内山峠や荒船などの佐久山地)と違って、セシウム汚染の程度は非常に少ない。ちなみに、ガイガーカウンターで測定し、「0.05μSv/h」が観測された地点で土壌を採取し、ベクミルのLB2045で測定したスペクトルを見てみよう。

まずは、千葉県市原市の土壌。ここで、Gamma RAEII RというCsIシンチレーターで地上一メートルの空間線量を測った人がいる。その値は0.05μSv/h。Gamma RAEのシンチレータは揺らぎが少なく、絶対値も結構いい値が出せる機器なので、このまま補正無しの値と受け取っていいだろう。この程度の線量なら「低いぞ、安心」となるが、そうは問屋が下ろさないことが、LB2045のスペクトルを見るとわかる。セシウムの3つの「きれいな」ピーク(セシウム三兄弟)が立ち上がり、明らかなセシウム汚染が見て取れる。(汚染の程度は左上の612Bq/kgという数字が参考になるが、この値も大きな誤差を含むことは覚えておかねばならない。)
市原市の土壌をLB2405で測定した結果。セシウム三兄弟のピークが
綺麗に浮き上がっている。
前にも登場した佐久市の千曲川近くの農地で採集した土壌に、再登場願おう。この場所の地表線量は、JB4020で測定した値に補正をかけると0.05μSv/hだった。おおよそ、上の市原と同じような値だ。しかし、そのスペクトルは明らかに市原のものとは異なる。
佐久市の土壌をLB2045で測定した結果。セシウム三兄弟の
ピークは目立たない。
スペクトルには弱いピーク構造は見えるが、それは明らかなセシウム三兄弟のピークとはなっていない。この土地のセシウム汚染は軽微だと思われる。

現在、長野県が行っていることは、千葉県、群馬県を含む「非常にセシウム汚染の強い場所」から、「非常にセシウム汚染の弱い場所」に、セシウム137とセシウム134を大量に運び込んで、汚染を広げているという愚行だ。(法には触れていないと、県や市は主張するけれど、「法」が「科学」に劣ることは、このスペクトルを見れば明らかだ。なんなら、佐久市が得意な住民投票をやってみればよい。前回の住民投票の結果を見ればあきらかだが、役人や政治家と違って、この街の市民は賢いから、「法」に従うか、「科学」に従うかはきちんと判断できると思う。)

汚染のある地域で排出される高濃度の汚染廃棄物は、その地域内に停めるべきだ。その地域の人間の少ない場所に移動するのがよいだろう。エントロピーは増大するというのが、熱力学の第二法則だ。無理矢理エネルギーをつぎ込んで、局所的にエントロピーを減少させても、大域的に見ればエントロピーはさらに上昇してしまう。汚い部屋を綺麗にすると、疲れて老化が早まるようなもんだ。だから、エントロピーの増加は、極力さけなければならない。

長野県や、廃棄物処理会社は、きちんと測定して、放射能漏れはない、といっているが、securitytokyo.comなみの測定をやってそういう結論を出しているのかどうか?まさか、アロカの簡易型線量計を持ち出して、「0.05μSv/hですから安全でーす」などと、間抜けなことをやっていはいないと思いたい。最低でも、ゲルマで土壌/水の測定は行い、測定時間は24時間は最低確保してもらいたいものだ。

反対する人々は、団結して資金を集め、少なくともLB2045を手に入れ、24時間測定をやり始めれば、1Bq/kg程度の測定は可能になる。手元にある測定器で測定を定期的に行って、自分たちの生活を守っていくべきだろう。自分で測定するのが一番正確だ!




2012年1月24日火曜日

securitytokyoによる牛乳の超精密セシウム汚染検査

securitytokyoによる、ゲルマニウムγ線検出器を用いた、牛乳のセシウム汚染の検査結果について見てみよう。

残念ながら、牛乳の測定では、結果のスペクトルを公開していない。(この点は、securitytokyoが「真の科学者」でないとわかるところ。でも、今の状態でも、かなりのことを公開してくれているので、それだけでも十分尊敬していいと思う。とはいえ、γ線測定では、結果のBq/kgなどよりも、スペクトルと測定条件が一番価値があるし、情報量が多い。ただ、その部分がもっとも高く「売れる」訳で、苦労して出した結果を安く出したくはない気持ちはわかる。)そこで、群馬産のしいたけの測定をまずは見てみよう。

測定時間は3時間弱。というのは、この椎茸の汚染はひどく、あっという間に「セシウム三兄弟」のピークが出来上がってしまい、長時間測定する必要が無かったからだ。一応、放射能はセシウム137、134ともに13から14Bq/kgで、合計すると30Bq/kg弱。通販で購入した茸だというが、この通販会社は「放射能検査」をしっかりやっているとアピールしているとか。それはおそらく、性能の低い機械で「しっかり」やっただけだ、というのが、スペクトルをみるとよくわかる。(ベクミルにいってよくわかったのだが、20Bq/kgとかでてくる放射能の数字自体は、機械が変わったり、解析法が変わると、放射能値の定義が変わってしまうので、参考程度にしかならない。汚染があるかどうかは、スペクトルの形と高さで判定するべきだ。もちろん、スペクトルのピークの高さは測定時間によるので、測定条件も知る必要がある。)

ある意味、この椎茸のスペクトルが、政府のいう所の「ND」という意味だ。政府が「安全」だといっている食品は、この「セシウム三兄弟」が突っ立っている食品のことだ。それを食べて「直ちに影響は無い」と言われても、ちょっといい気分にはなれない。

このような精密な測定を牛乳でもやってくれていると信じるとしよう。すると、次のような結果になったという。以下、商品名(産地) 測定日 測定時間 結果(Bq/kg) の順番でまとめる。

ポッポ牛乳(野辺山)2011.10.11  300時間  Cs-137: ND          Cs-134:ND        合計: ND
大阿蘇牛乳(熊本) 2011.10.11  250時間  Cs-137:ND           Cs-134:ND        合計: ND
淡路島牛乳(淡路島)2011.11.11   333時間    Cs-137:ND           Cs-134: ND        合計: ND
根釧牛乳(北海道)    2011.11.3      833時間    Cs-137: 0.125  Cs-134: 0.095   合計: 0.2
北海道3.6牛乳(日高)2011.11.20  1667時間  Cs-137: 0.098     Cs-134:微量  合計: 0.1
東毛酪農牛乳(群馬太田) 2011.11.23   167時間    Cs-137: 1.82        Cs-134: 1.48     合計: 3.3
小岩井牛乳(岩手雫石)2011.12.17 83時間        Cs-137: 3.35        Cs-134: 2.74     合計: 6.0
蒜山高原牛乳(岡山)  2011.11      2500時間  Cs-137: 0.05    Cs-134:微量  合計: 0.1


(追記:「微量」とあるのはスペクトルに「山」が立っていることは確認できる程度、ということ。NDではない。)

北海道の牛乳に「汚染」があるのはショックだった。根釧牛乳は夏頃までよく飲んでいた。が、シミュレーションの結果で根釧台地が結構やられていたので、念のため西日本の牛乳に秋からはスイッチした...また、岡山の牛乳に汚染があるのも驚きだ。これは、餌の関係ではないだろうか?西日本に住んでいると、放射能汚染のことが「他人事」に思ってしまうだろう。とすると、福島あたりから汚染食品が回されていても誰も疑わないから、さばきやすいのかも。(最近は、余ったコンビニ弁当などは、家畜の餌に回されるそうだし。)小岩井の汚染は結構ひどい。が、平泉周辺の汚染の高さを知っていれば、岩手が汚染地域の一つだとしても不思議ではない。しかし、盛岡周辺までセシウムが飛んでいたとなると、セシウム汚染の規模の大きさには驚かされる。千恵子の安達太良山も、宮沢賢治の世界も放射能で汚染されてしまった...悲しい限りだ。

SecurityTokyoには、その他の大手食品会社の牛乳の測定もある。明治メグミルク、森永まきばの空、農協牛乳、セブンイレブンの毎日の食卓牛乳など。その全てに汚染がある。なかでも、明治おいしい牛乳の汚染は大きく、唯一の一桁台の汚染(2Bq/kg)。健康に問題がないといわれても、ちょっと飲む気はしない。

[追記:約半年後ポッポ牛乳を再測定した結果、セシウム汚染が確認されてしまった。]

securitytokyoのすばらしい測定

securitytokyo.comというweb siteがある。ここの運営者はゲルマニウムγ線検出装置(ゲルマ)を持っている!一台数千万円するといわれる、超高価な機械にも関わらず。この装置は、ベクミルに置いてあるNaIシンチレータなんておもちゃに見えるほどの高性能で、γ線スペクトルを精密に再現する。普通は、大学や研究所に置いてある機械で、一般の人はなかなか使えない。(それが、政府の検査体制の遅れにつながっているという話もある。)

例えば、609keVにあるBi-214のピークと、605keVにあるCs-134のピークは、ベクミルのLB2045では分離できない。しかし、ゲルマを使えば分離できる。ゲルマではスペクトルが完全にスパイク状になるからだ!(誤差σがとても小さい。)たとえば、securitytokyoが行った、今回の雪の放射能測定では、Bi-214は綺麗に出ているが、Cs-134は含まれていないことがわかる!とはいえ、これだけ微量の放射線量を測定するには、ゲルマでももの凄く時間がかかる。securitytokyo.comがすばらしいのは、政府の研究機関がやってくれない、徹底的な調査を実行していることだ。ベクミルのLB2045では20分の測定で結果を出す訳だが、securitytokyoは、遥かに高性能のゲルマを何十時間も走らせてから結果を出している。ちなみに、雪の測定では44時間(およそ2日間)計測しているから、文句のつけようがない。

おそらく、ネットで手に入る情報としては、現在日本最高レベルのデータではないだろうか?検出限界が20Bq/kgだの、1Bq/kgだのと色々言い訳して、結局は「ND」にしてしまう政府の測定値などお笑い草だ。

securitytokyoのメインページは、リアルタイムの空間線量の図だが、ゲルマで測ったデータは、もっと地味な右下の「参考データ」の欄にある。内部被曝に関して、非常に貴重で重要なデータを公開しているので、これは必見だと思う。このデータがとても価値があるのは、超微量の放射能汚染だけに関心をもって測定している点だ。この測定で「ND」が出れば、それは本当にNDということだ、と思ってもいいだろう。(もちろん、ゲルマ自体の精度の問題もあるが、現代の工学技術はゲルマを越える機械をまだ作り出していない。)ある意味、政府の測定データより信頼でき、科学者の精神で測定しているところを高く評価したい。

実は、以前ポッポ牛乳の件でsecuritytokyoの測定について引用させてもらった。が、その後の測定で牛乳に関していろいろ進展があったようなので、securitytokyoのデータをもとに議論してみたい。


2012年1月21日土曜日

美ヶ原再訪

美ヶ原の良さにすっかりはまってしまい、再訪することにした。前回苦しんだ雪道を警戒して、かなり山の下の方からチェーンを装着したのだが、皮肉なことに雪は大部融けていて、無用であった...

休みにいったせいで、煩いスノーモービルが目障り、耳障り。せっかくの静けさが台無し。とはいえ、よい風景を楽しむことはできた。今回はアンテナ群の方に歩いてみたので、北アルプスを望むことができた。
美ヶ原のアンテナ群と北アルプス。
次は槍ヶ岳を写したもの。
槍ヶ岳
最後に、恒例の富士山。右手前のポッコリした低いなだらかな山は車山(霧ヶ峰)。左の連峰は八ヶ岳。
八ヶ岳、富士山、車山(霧ヶ峰)



Bi-214のガンマ線

Bi-214は天然の放射性物質のひとつ。空中に結構浮遊しているようで、降雨とともに地表に降り注ぐみたいだ。線量調査を雨の日に行うと高めにでるのは、Bi-214の出すガンマ線(609keVが結構多い)が原因か?

LB2045の結果を考察する

今回の測定では、セシウム汚染の軽微な試料を使ったので、セシウムのピークの位置がよくわからない。そこで、より汚染が強いサンプルを測定した人の結果を借りて見ることにした。この方はLB2045で、市原市と船橋市の土壌を測定している。「セシウム3兄弟」の3つのピークが綺麗に見えている。千葉の湾岸エリアのセシウム汚染は、ガイガーカウンターで測ると、0.15-0.20μSv/h程度、つまり弱い汚染と出る。しかし、LB2045のスペクトルで見ると、信州佐久平と異なり、明らかな汚染があることがわかる。この方の写真をもとに、スペクトルを数値化し、エクセルで表示し直してみた。

その際、スペクトルに含まれていると思われる「バックグランドの寄与」を抜くために、佐久の松葉10gをLB2045で測定した結果を利用した。まずは、その結果の写真を下に貼っておく。試料の量が少ないので、これはほとんどバックグランドの測定をしているものとみてよいだろう。実際、出て来たセシウムの放射能値も一桁になっている。カリウム40のピークも見られない。

松葉(佐久平)を10g測定した結果。
このスペクトルをバックグランドと見なし、土壌のスペクトルデータから抜きさることにする。カリウム40のコンプトン散乱の寄与は引くことができないが、Cs-134の第二ピーク(800keV)より左にだらだら伸びる成分があれば、それをコンプトン散乱の寄与と想定することは可能だろう。

赤色:市原市、緑色:船橋市、水色:佐久平
横軸はエネルギーのチャンネル番号、縦軸はCPS。
まずは横軸の意味から。LB2045の液晶表示の解像度は、503keVから1025keVまで、65ドットある。1ドットを1チャンネルと見なし、そこでのスペクトルの高さをドット単位で写真から読み取る。この場合、Cs-134の605keVのピークはチャンネル番号18に相当、796keVはチャンネル42に相当、Cs-137の660kevのピークはチャンネル25に相当する。また、1チャンネル分のエネルギー幅は約8keVに相当する。

まず、ピークの位置がずれているか確認する。
                        市原  船橋
Cs-134(605)      20              21   
Cs-137(660)      27              27,28,29
Cs-134(796)      44              44

だいたい同じ場所にピークが出ていることがわかる。理想的には、ピークの位置は18, 25, 42に出るはずだから、どこもおおよそ2チャンネル分高めにずれている。これは16keVに相当する。

ベクミルの設定のROIに相当するのが、チャンネル1からチャンネル50まで(450keV-850keV)。796keVの光電ピークはチャンネル35付近で切れていて、そこより下の領域には、このガンマ線のコンプトン散乱の「丘」が広がっているはず。605keVと660keVの2瘤ピークの麓ががっしりしているように見えるのは、コンプトンの山が混じっているからだろう。同じように、605と660のコンプトン散乱の丘も低チャンネルのところに広がっているはずで、そのコンプトンエッジらしきものが、チャンネル7付近から下に見える。(そして、チャンネル1を越えて、負のチャンネルの領域まで広がっているように見える。)ただし、解像度が悪いせいで、コンプトンエッジがはっきり見えない。コンプトンの山の切れ目はよくわからないので、ROIを450keVで切っていいのかどうかは、はっきりしない。たぶん、光電ピークの値から、コンプトン散乱へ逃げてしまう光子の数が推測できて、その変換係数みたいなものが、LB2045には入っているのかもしれない。この点は確認したほうがいいだろう。

さて、佐久平の土壌データを、千葉の2つのデータと比べてみる。3つのピークははっきりしないが、なんとなく盛り上がっている位置が、セシウム三兄弟の場所に近いような気もしないでもない。ピークらしきものも見えるような気がするが、その位置はちょっとずれている感じがする。結論としては、LB2045で測れる限界以下だが、ゲルマニウムで測定したらピークが見えてくるかもしれない。佐久市の測定はゲルマでやったということだから、ピークを見て判断しているはずだ。軽微ではあるが、やはり佐久平の土壌にもセシウムはわずかながら存在していると考えるべきだろう。(ゲルマでもNDとなっている場所も3カ所ほどあるので、数ベクレル/kg程度から40ベクレル/kg程度なのだろう。ただし、この汚染が福島原発事故によるものなのか、それともかつての原爆/水爆実験によるものなのか、それともチェルノブイリによるものなのかはわからない。それを確認するには、西日本や北海道各地の土壌のLB2045による測定データが必要だ。)





LB2045のジャーゴンの意味

専門用語がいろいろ出て来ており、よくわからなかったのでベルトールド(LB2045の販売製作会社)に問い合わせたりして、調べてみた。

まずはROI。LB2045の写真を見ると、右上にRoI-Dataという形で現れている。これはRegion of Interestの省略で、測定したガンマ線のエネルギー範囲のこと。この機械の初期設定では、セシウムの場合は、450keVから850keVの間に設定されたデータが(多分5番目に)入っている。このエネルギー領域のエネルギーをもつガンマ線の数を数えて、それをセシウムからの放射線とせよ、という意味だ。野尻先生の記号では、その数はN(ROI)となる。しかし、これはセシウムからのガンマ線の数を数えるという観点からすると、この値をそのまま使ってもセシウムの放射能の値は正確に計算できない。

その一番の理由は、バックグランドレベルの存在。機械を空にして測定しても、450-850keVのROIに含まれるカウントは0にはならない。自然放射線や機械自身の癖から生じるノイズがあるからだ。そのカウント数は野尻先生の記号を使えばN(BG)となる。ベクミルによると、このバックグランドレベルは毎朝測定して機械に入力してあるというので、客がLB2045を使うときには心配する必要は無い。つまり、自動的にN(ROI)-N(BG)の値をソフトウェアで処理しているということだ。(ただし、スペクトルの図自体には反映されているかどうかは不明。)

次に考えるべきは、カリウム40という天然放射能物質からの寄与だ。これは、土壌や食品に含まれ、そのガンマ線は1460keVのエネルギーをもつ。これが測定容器内の物質に含まれる電子と散乱(コンプトン散乱)すると、セシウムのROIに侵入してくる。この寄与をN(K)と野尻先生は表しているが、これはさっ引かないといけない。

ということで、まとめると、セシウムから出てくるガンマ線を勘定しようと思ったら、セシウム用のROIの中で、N(ROI)-N(BG)-N(K)を勘定する必要がある。しかし、450-850keVというROIが果たして、セシウム134、137のROIとして適当かどうかは考察する必要がある。

セシウム137から出てくるガンマ線のエネルギーは(正確にいうと、セシウム137がベータ崩壊してバリウム137の励起状態に壊変した後、その励起状態からバリウム137の基底状態に電磁崩壊を通して脱励起する際に出すガンマ線...文章で書くとかなり面倒くさい)、おおよそ660keV。

また福島の事故で特徴的なセシウム134から出てくるガンマ線は2種類あって605keVと796keV。

したがって、これらのガンマ線をLB2045が(光電ピークとして)直接捕捉できるのならば、セシウムのROIは600keV-800keVで十分なはずだ。ところが、LB2045のエネルギー較正は完璧ではないから、光電ピークの位置が若干上下にずれる。たとえば、ベクミルで測った他の人のデータをみるとセシウムのピークは10keV程度ずれている感じがある。とすると、余裕をもって590keV-810keVとしたいところだろう。さらに安心したいので、450-850keVと設定されているのだと思う。しかし、これだと、N(BG)やN(K)の揺らぎからくる誤差を多めに取り込んでしまう可能性もあるから、若干過大評価になるような気がする。

ただ、600keV以下450keV以上の部分は、むしろ入れた方がよいかもしれない。というのは、セシウムから出て来たガンマ線のコンプトン散乱がこの領域に行くからだ。コンプトン散乱した分だけ、光電ピークが下がってしまっているから、ここを足しこんでおくのは大切なことだ。しかし、それがN(BG),N(K)の揺らぎからくるのか、それともセシウムのガンマ線のコンプトン散乱からくるのかは、両者の値が同じ程度の時は区別が非常に付き難い。

次に、分解能について。LB2045のカタログを見てみると、「Cs-137の660keVのピークで7.5%(FWHM)」とある。まずは、FWHMって何? 調べてみるとFull Width at Half Maximumの略で、ガウシアンなどの分布の幅のこと。ガウシアンの場合はおおよそ2σに相当するようだ。(σは標準偏差。)次に、この文の意味だが、660keVの7.5%というのは約50keVになる。つまり、「LB2045では、Cs-137の660keVのピークがスパイク状にはならず、幅が50keVのガウシアンのような形になるよ」ということ。実際問題としては、Cs-137の660keVのピークとCs-134の605keVのピークは、約55keV離れているので、この2つのピークは完全には分離せず、混ざった形、いうなれば「ふたこぶラクダの背中」のような形となる、ということだ。ということは、LB2045では放射性セシウムの放射能はトータルでは測定できるが、Cs-134とCs-137を分離して測定するのはちょっと難しい、ということになる。(うまい解析法を適用すれば、ある程度は補正が可能だと思うが。)

それでは、実例をもとに結果を吟味してみよう。

2012年1月19日木曜日

ベクミル上野店へいく:佐久平の土壌を測る

ベクミル上野店へいって測定してきた。ここにはLB2045が2台ある。ガンマ線のスペクトルが出るので、核種同定もできる。しかし、放射能レベルの大きさ(値)自体はそのまま受け取っていいのか、ちょっと考えさせられた。というのは、このスペクトルをもとにセシウムの値を「単純測定」しているのか、それとも「生データを解析」しているのかはっきりしなかったからだ。

まずは、昨日の結果を見てみる。
土壌の測定
測定したもの(検体)は土壌。信州の佐久市を流れる千曲川近くの農地で許可をもらって採集したもの。付近の小学校、保育園のグランドの土を佐久市はゲルマニウム測定器で調べており、だいたい40から150Bq/kgという値が昨年の夏に発表されている。(100Bq/kgを越える高い場所は、佐久平の東西の縁にある山地帯に分布する傾向がある。)千曲川は佐久平の一番低い場所を流れているし、付近の農地は砂成分が多いので、汚染は軽微だろうと思いながら測定器にかけた。

20分の測定を行う。精度は10Bq/kgだという。値は40Bq/kgとなった。しかし、スペクトルを見ると「セシウム三兄弟」の3つのピークははっきりしない。これは、放射能が弱く、ノイズに埋もれてしまっているからだ。食品など、微量な汚染を見抜くには、このノイズ埋もれをなんとかして抜き去る必要がある。

まず、よく見えるのが1460keVにあるK-40(カリウム40)の小さなピークだ。農地には、肥料がまかれているから(植物が必要とする三栄養素の窒素、リン酸、カリウム)カリウムは比較的多いといわれる。が、この農地にはカリウムはあまり無いようだ。カリウム40は自然放射能物質の一つで、環境中に結構たくさんある。有名になった1bnn=20Bq(バナナ一本で20Bq程度)というのは、バナナに多く含まれるカリウムの中には、放射性カリウムが入っているという事実を利用したものだ。カリウム40から出るγ線は、測定容器の物質中に含まれる電子と散乱する(コンプトン散乱)。すると、ガンマ線のエネルギーは電子に少し移行して値が下がる。電子の散乱方向や散乱速度によって、ガンマ線が奪い取られるエネルギーの量は変わるため、散乱ガンマ線のエネルギーは連続したなだらかな「丘状」の分布になる。その丘の右端、つまり最大エネルギー部分をコンプトンエッジという。コンプトンエッジから左側のスペクトルには、散乱ガンマ線の寄与が「ノイズ」として入るので、引き去らないといけない。(これは、早野、野尻両先生の講義でも確認できる)。

また、装置を空の状態で測定し、バックグラウンドレベルを確認する必要もある。わざわざベクミルまでいき、4000円払って空測定するのはひどく躊躇われるため、なかなかこれを実施できる人はいないだろう....かく申す私も空測定する余力は今回なかった。(が、帰って来てから深く後悔。ベクミルは毎日一回は空測定を事前にやっておき、みんなに公開したら喜ばれるだろう!追記:ベクミルに確認したら、毎朝バックグランド測定はやっているそうで、そのデータはLB2045に毎日入力しているとのこと。これで空測定はやらなくて済むので安心した。ただ、ピークの位置はずれているような気がする...

また、低エネルギー部分(503keV以下)に見られるピークは、遮蔽容器の材質の鉛から出てくるガンマ線やX線の寄与だという。(野尻先生の説明はこちら。)また、0.6keV以下のだらだらした「丘」はセシウムのガンマ線自体のコンプトン散乱の寄与らしい

また、セシウムの寄与を測定するのに、エネルギーレンジを450keVから850keVとしているようだが、この区間で積分しているのか、それともGaussian tailの補正をしているのか、はっきりしなかった。もし、積分しているなら、ちょっと多く見積もりすぎではないか?と思っている。いづれにせよ、補正無しの状態で見たスペクトルには、明確なセシウム汚染の痕跡はみえず、微量な汚染の検出にはちょっと工夫が必要だと思った次第。(まあ、佐久平の千曲川沿いの汚染は軽微だということで、佐久市民の人たちはいちおうは一安心してもよいのかもしれない。とはいえ、「盛り上がり」が微かにあるのは確かなので、ここの分解能は上げないといけない。)

肝心のセシウムの量だが、目分量で、コンプトン散乱とBackgroundの寄与を引き去ると、おおよそ半分くらいの20Bq/kg程度。さらに、誤差によるGaussian tailの処理をすれば、まあ大雑把にいって10Bq/kgではないだろうか?キチンと解析する方法を編み出して、こういうサンプルで「数ベクレル/キロ」という値が出てくれば、この機械はかなり使えるようになるだろう!(野尻先生や早野先生たちも、この機械で「遊んで」いるようなので、彼らの編み出した方法は参考になるだろう。)[追記:まだ未確認だが、スペクトルの図自体は、バックグランドやコンプトンの寄与がそのまま残して表示している感じがするが、セシウム量の値(私の場合は40Bq/kg)を推定する計算では、そういったものの寄与を引いて求めているような気がする。ただ、積分レンジがちょっと余裕を持ち過ぎで設定されている感じもする。この設定は、ベクミルの判断ではなく、機械のデフォルトの設定だそうだ。40Bq/kgと出た場合の真の値がどうなるかはまだよくはわからないが、それほど間違っていないのかもしれない。この当たりはまだ考察中。]

ちなみに、ここで一緒に測った別のグループに話を聞いてみた。たぶん都内だと思うが、とあるコンビニで買った椎茸とお茶(茶葉なのか、製品なのかは聞かなかった)を測ったという。椎茸は400Bq/kg近く、お茶はもっと出た、という。その時は非常に驚いたが、しかし、スペクトルを確認しない限り、それがコンプトン散乱の「ノイズ」の寄与かどうかは、区別がつかないだろう。スペクトルも見せてもらえばよかった。

今度行くときは、明確にセシウムの3つのピークが出る奴を測る必要あるだろう。というのは、ベクミルの測定器は、10keV程度ピークがずれているような感じがあるからだ。較正をまめにやってないと思うので、自分でやる必要があるのかも...ということは、一日に少なくとも2回は捨て測定をやらないといけない(空測定と較正用測定)。まじめな測定をやるとすると、ちょっと資金が続かないかも。

(追記:名古屋の土壌と比べたら、だいたい同じ感じになった。佐久は名古屋と同程度の軽微な汚染と考えるべきか?それとも、名古屋は佐久なみに汚染されてしまったと考えるべきか?私は、前者かなと思いたいのだが、こればっかりはゲルマでやらないと決着つかないだろう。Good news is ...両者ともLB2045の精度でセシウムのピークが見えない程、汚染は弱いということだろう。)

2012年1月17日火曜日

海のセシウム汚染:NHKの報道から

NHKの特集を見た。海の放射能汚染のスクープだった。

東電は、福島原発で人類史上最悪の放射能漏れ事故を起こし、その大半を太平洋に流した...というより、現在も流し続けている。事故直後の政府の見解は「薄まるから心配ない」だった。しかし、このNHKのスクープによれば、それは現実を直視しない、単なる希望的観測に過ぎないことは明らかだ。

汚染物質は、福島原発の周辺に溜まっている。そして海底で斑状に沈着している。しかも、その位置は海に流れ込んだ河川の水流(沿岸流)に少しずつ南に流されて、時間と共に、季節と共に変化している。福島から茨城、そして千葉の沿岸へと這いつくばりながら、海底のホットスポットは亡霊のように動きまわり、なにも知らない海の生物の中に入り込んでいる。海の生物の体に入った放射能物質は、食物連鎖を通じて生物濃縮を起こしている。福島沖のカレイは、海底の砂と同じだけの放射能を持ってしまっている。人間はもうあのカレイは食べられない。海のセシウム汚染は陸上よりもすでに深刻だ。

さらに驚いたのは、陸上の放射能物質が流され、川を通じて、海に集まってくる仕組み。とりわけ、東京湾のセシウム汚染がひどい。真水と塩水は混じり難いが、泥が真水に混じると、一定の時間がたったところでコロイド状(糊状)に状態変化して、海水中に沈殿してくる。放射能物質だけが、重くなって汽水域に沈殿してしまうということだ。当然、河口の水棲生物はひどく汚染されてしまう。江戸前のハゼも、ウナギも、穴子も、あさりも、みんな駄目になってしまう。京都大学のシミュレーションでは、汚染が東京湾全域に広がるまで、あと2年とちょっとだとか。江戸前の最後の味を楽しむなら今しかないかもしれない。(それとももう手遅れか?)

これ以外にも、赤城山近くの火山湖の汚染などのスクープもあった。詳細な分析は、おいおい少しずつやっていこうと思う。

東日本の太平洋側の海は、ナウシカの世界の海のようになってしまうのだろうか?
国全体にばらまかれた汚染物質が最後にたどりつく海の図

2012年1月16日月曜日

福島で空中降下物の放射能レベルが上がったこと:続報

正月に福島の降下物中の放射線レベルが10倍ほどに跳ね上がった件で、追加の情報を。

マスメディアではまったく報道がないので、ネットで色々見てみたり、友人と議論をしてみたところ、「火の消えた原発」から放射性セシウムだけが飛び出て来ているのではないか?という考えを持っている人が結構いるようで、ちょっと驚いた。たしかに、その可能性はないとはいえないが、どうやったら原子炉内のセシウム137、134を、福島市全域に降らすことができるのだろう?

結局、揮発性の高い放射性物質(主にヨウ素131とセシウム134,137)が日本中に飛び散ったのはベントしたからだ。「ベント」というのは、高圧になった原子炉から空気を逃すことだから、爆発して穴だらけとなり低圧になった現在の1、2、3号機の原子炉からまたベントすることは不可能だろうし、ベントする理由がわからない。(ベントは原子炉を守るためにやるわけだから。)しかも、メルトスルーしていることが明らかとなった核燃料は、もう炉内にないから、炉内の温度は政府のいうところの「冷温状態」にある。これまで一年近くもの間、穴だらけとなった原子炉から、正月の2日だけ、急に10倍のセシウムが飛ぶことも考え難ければ、それが原発から80キロ離れた福島だけに飛ぶのもちょっと考えにくい。なにかあるとすれば、小出先生が言うように、メルトスルーした核燃料が地下水脈などに当たって水蒸気爆発を起こし、環境に飛び出すことだ。核燃料自体は崩壊熱で数千度になっているはずで、臨界と非臨界の間を行ったり来たりしているか、あるいは自発核分裂が起きているだろう。とすれば、ヨウ素もセシウムもたくさん作られているだろう。(とはいえ、この場合はセシウム134の量が低く出る可能性が高いらしい。)

4号機の使用済み燃料プールというのも、結局は核燃料の状態にポイントがあるわけで、水に浸る浸らないの違いがあるにせよ、上の考察で十分なはずだ。

ヨウ素131がなく、セシウム134と137がほぼ1:1の割合で観測されているということは、3/15あたりのベントで原子炉から放出された放射能物質が、福島周辺で再循環していると考えるのが、いちばんあり得る話だと思う。(もちろん、私には、100%とはいえないわけで、見過ごしている要素もあるかもしれないが。)

ちなみに、今日までの更新データをみると、福島の降下物中の放射線レベルは、かなり減衰してきている。レベルが上昇した日付の特殊性を考えると、焚き火を一番疑いたいが、気象的なものなのかもしれない、というのは以前書いた通りだ。


2012年1月12日木曜日

福島原発で心筋梗塞による死者

福島原発の作業員がまた心筋梗塞で亡くなった。作業員が亡くなったのは4人目だという。先になくなった方は、最初が心筋梗塞、2人目が急性白血病 、3人目は死亡原因未公開。そして4人目が心筋梗塞....どうみても、内部被曝でやられているように見える。(医学的、科学的に因果関係を証明せよといわれても、死体を粉々にして分析したり、同じ状況に誰かを送り込んで再現(人体)実験やったり、それは手間がかかってしまうから、厳密にやるのは相当難しいだろう。因果関係が疑われるものは、排除でなく、考慮すべきだろう。)

特に、心筋梗塞が目を引く。なぜなら、最近セシウム137による内部被曝の症状として名指しされて疑われているからだ。4人目の犠牲者の累積被曝は6mSv.3人目は2mSv,2人目は0.5mSv,そして最初の犠牲者が0.7mSv.おそらく、この値は線量バッジの値だろうから、外部被曝の値だろう。とすると、大雑把にいって(四捨五入で)1mSvの外部被曝を受けた辺りで、内部被曝の影響が出始めてくるということだろう。

内部被曝を正確に測る方法はないから、外部被曝量を目安に、内部被曝が悪さを始める限界量が推定できるだろう。だいたい100人から200人の作業員が現在いるとすれば、2%から4%の人間が、1mSvの外部被曝を受けた辺りで、内部被曝によって死亡するということになる。ものすごい高い率だと思う。

とはいえ、これは原発の中で働いている人たちという特別な状況だ。福島から遠く離れ、「弱く」汚染された地域は、もう少し率は低いかもしれない。たとえば、1/100だと仮定すれば、0.02%から0.04%程度の死亡率となろう。(この数字の根拠はかなり薄いが...)

これを実際の街に当てはめて考えると、現在0.2μSv/hの地域(例えば柏とか)では210日間で1ミリシーベルトに達する。柏市の人口は約40万人だから、このまま除染がおいつかないまま一年も経つと100人近くの人が心筋梗塞や白血病で死んでしまうことになる。10年で1000人...この数字がでたらめであって欲しいと思う。

2012年1月8日日曜日

物体の3つの状態:黒、白、テカテカ

物体の表面には3つの極限状態がある、とMax PlanckのThe theory of heat radiationには書いてある。(1)テカテカ(2)白(3)黒の3種類。当然、最後の「黒」というのが黒体に対応する。

(1)テカテカ:来た光を100%跳ね返し、その方向が反射の法則によって一方方向に定まっているような表面。金属の表面や、禿OYJの頭などが、この類い。

(2)白:来た光の成分の100%が表面で跳ね返るが、四方八方に光が散乱してしまうような表面。

(3)黒:来た光の成分のすべてを吸収してしまう表面。

黒体というのは、表面が「黒」い物体のことで、その外側表面に光が照射されたとき、そのすべてが物体内部に吸収されてしまう性質をもつ。加えて、内部にしみ込んだ光が、内壁を透過して外部に漏れ出ることがないような物体。したがって、内部が空洞になっているとすれば、その外壁と内壁は正反対の性質を持つ必要がある。すなわち、外壁は「黒」だが、内壁は「白」もしくは「テカテカ」である必要がある。

2012年1月7日土曜日

「天文学をつくった巨人たち」を読む

桜井邦朋著「天文学をつくった巨人たち --宇宙像の革新史」
中公新書(2011)

昨年の秋に出版されたばっかりの新しい新書本。シャプレーのことが書いてあったので、期待して購入した。またWMAPなど最新の結果も詳しく書いてあるように見えた。

しかし、この本には嘘が書いてある。残念だ。

最近黒体のことを勉強しているが、この本ではなんと書いてあるのかな、と思いページを広げてみた。関連する場所は、最後の第9章、宇宙マイクロ波輻射背景(CMB)のところだ。

ビッグバン直後の宇宙がまだ小さかった頃、宇宙は大量の光子に満ちていた。この光子は、電子などの素粒子と散乱するなどして熱平衡状態にあった。つまり、この時の宇宙に満ちていた光の波長分布は、黒体輻射の波長分布に従っていた。宇宙の膨張によって、宇宙の温度が3000度にまで低下したとき、電子と原子核が結合し原子(主に水素とヘリウム)が誕生した。電気的に中性な原子は光子との散乱断面積が小さく、光子の平均自由過程は伸びていく。さらに、宇宙膨張によって平均原子間距離もやがては大きくなって、光子と物質粒子との間に成立していた熱平衡は完全に崩れる。しかし、熱平衡の最後の状態、すなわち3000度だったときの「記憶」は宇宙に散っていた光子の波長分布に記憶される。とはいえ、宇宙膨張のドップラー効果によって光子の波長は伸びてしまい、3000度のプランク分布は、より低温のそれに対応する分布へと移ろっていく。そして、現在宇宙を飛び交う光子を捕まえて波長の強度分布をみれば、それはT=3Kの黒体輻射分布になっていた。このような背景で、黒体輻射がCMBに関連して登場する。

CMBを発見したのはベル研のペンジアスとウィルソンだが、その発見の背景の説明が、この本では完全に間違っている。

間違い一:「アメリカの通信事業会社であるベル電話会社では....」とあり、ペンジアスとウィルソンがこの電話会社で働いていたかのように書いてあるが、これは間違いだ。彼らが働いていたのはベル研究所であって、ベル電話会社ではない。ベル研というのは、通信工学のみならず、物理の基礎研究も行っていて、ノーベル物理学賞受賞者を多数輩出した一流の基礎物理研究所だ。一般にも有名なのは、トランジスタの発明だろう。

間違い二:「この事業に携わったのは、会社(ベル電話会社ということだろう)の2人の技術者であった。彼らは電波天文学については、まったく素人の....」とあるが、これはひどい!ここで「この事業」とあるのは、(この本によれば)通信衛星からの電波を効率よく受信するためには、宇宙からやってくる雑音電波の詳細な分布を知る必要があり、その系統的分析研究のことらしい。そしてその事業にペンジアスとウィルソンが関わっていた、とあるから驚いた。(そんな事業に2人は関わってない。)

彼らが(少なくともウィルソンは)電波天文学の専門家だったことは、ワインバーグの「宇宙創成最初の三分間」にも書いてあるし、なによりウィルソン自身のノーベル賞受賞講義を読んでみればはっきりする。(ペンジアスは電磁波/量子力学の研究に従事した物理学者で、メーザーの物理や、マイクロ波の研究を大学院では行っていた。)ウィルソンは、Caltechで博士号を取得するが、その博士論文が銀河系の(特にハロー部分の)マイクロ波分布の研究だった。つまり、生粋の電波天文学の専門家だったわけだ!ベル研に就職したのは、電波天文学の研究を続けるためだった。ただし、その道具として、望遠鏡や他の大型電波望遠鏡ではなく、衛星通信にかつて使われていたアンテナを選んだのだった。1963年、ウィルソンがベル研で研究を始めた時、このアンテナは、衛星通信開発に関しては初期の目的を達成し、すでに誰も使っていなかった。そのアンテナを電波天文学に転用しようとウィルソンは考えたのだった。

とにかく、この部分の記述はいい加減でとても驚いた。著者は理学出身らしいが、工学系のキャリアを積んでいるようで、本を書く際にスピードを重視したのか、よく調べないで適当につじつまを合わせてしまったようだ。こういうのがあると、もうこの本の信頼度は0で、結局は外の文献で確認しながら読まなくてはならなくなり、かなり面倒だ。シャプレーの箇所も疑って読まねばなるまい。非常に残念!

(追記:もうひとつ誤りを見つけた。COBEで発見された、宇宙背景輻射の非均一性を示す有名な図が図9−3に出ているが、その説明が間違っている。筆者は、この図を輻射の強度分布だと思っているようだが、実際には温度の揺らぎの分布図だ。この最先端の研究結果をよく理解していないのは、大きな問題だろう。)

黒体/黒体放射に関する日本の教科書

黒体の勉強の際に読んだ本をメモっておこう。

1: 小山慶太著「ノーベル賞でたどるアインシュタインの贈物」NHK出版(2011).

早稲田の科学史の先生。この先生の書いた「漱石が見た物理学」は結構おもしろかった。この本もなかなか面白いのだが、黒体に関しては無力だった。黒体の概念に触れないよう、注意深く書いているのがわかる。この本では「黒体」の文字がいっさい登場しない。「熱放射」という言葉を使って、黒体に関わるあやふやな点を避けて通っている感じ。

2:太田浩一ほか編「アインシュタインレクチャーズ@駒場」東京大学出版会(2007).

松井先生のLecture 4に黒体の記述が現れる。「『発光する黒体』というのは奇妙に聞こえるかもしれませんが、吸収するだけでは物質は熱平衡には達しません。吸収と放出がつりあってはじめて熱平衡が実現できるのですから、『完全黒体』も熱平衡では発光しなければならないのです。」とある。この記述は、黒体と黒体輻射がごっちゃになってしまっているような気がする。ちなみにMax Planckの教科書には、黒体の定義として「やってくる光を全て吸収し、その裏側の面から透過もしない物体」と書いてある。つまり、黒体は「発光しない」といっている。Planckの教科書を読めばすっきりするのだが、「黒体」を考えるときは、物体の外から光を照射することを考えるのだが、黒体輻射を考えるときは、物体内部の輻射場(熱平衡にある)が物体の外に漏れ出す光を考える。

3:S.ワインバーグ著(小尾信ヤ訳)「宇宙創成はじめの三分間」ダイヤモンド社(1977).

この本は以前にも読んだ。が、何度読んでも学ぶべきところがある。第三章に黒体輻射の記述があるが、この本の主題は宇宙マイクロ波輻射背景にあるから、主に熱平衡に視点がある。「完全に吸収するどんな表面からでも、任意の波長において一平方センチから毎秒放たれる輻射の量も本質的には同じ公式で与えられるので、この種の輻射は”黒体輻射”と呼ばれている」とある。日本語としてちょっとおかしい。一度読んだだけでは意味がわからない。訳がおかしいのか、それとも原文がおかしいのか、すぐには判然つかない。ワインバーグはノーベル賞受賞者だし、彼が黒体や黒体輻射の概念を間違えるはずはないだろう。万が一、間違えているとしたら、大きなショックだ。とすると、訳がおかしいと思った方が安心する(小尾先生ごめんなさい)。意訳してみよう。

まず、「この種の輻射」というのは、前文にある「物質と熱平衡にある輻射」のことだ。原子と光子の多体系が熱平衡にあるとき、光子の波長分布がある公式(プランク公式)に従うわけだが、それが(吸収率が100%の)黒体表面を通して外へ放たれる輻射の波長分布と同じ公式に従う、という意味だろう。このとき、「黒体」になっているのは、物体の内壁であって、外壁のことではないと考えると分かりやすい。このとき、外壁は黒体にはなってないが(なっていてもよいかもしれないが、その場合を考え出すと夜眠れなくなるのでここでは止めておく)、「黒体輻射」が出てくると考えるべき。

もう少し別の観点から、意訳してみる。「黒体輻射」というのは、そもそもは「吸収率100%の壁を突き抜けて、外に出てくる輻射」という定義だ。この輻射のスペクトルが、熱平衡にある原子光子多体系のスペクトル分布と同じであることがわかった。ところで、100%の吸収率を持つものは黒体だ。よって、熱平衡にある物質(これは黒体でなくてもよい)から放たれる光のことを「黒体放射」とあだ名のように呼ぶ慣習が始まった、と説明しているような気がする。しかし、この短文だけでは、やっぱり意味がハッキリしない。


どうして黒体なのに明るく光るのか?

「黒体」って何かと問われれば、迷うことなしに「黒いもの」と答える。そこで問題が起きる。例えば、「太陽を黒体とみなすことができる」とか言われると非常に戸惑う。どうみても、黒く見えないから。似たようなことを感じている人は結構いるはずだ。

ネットで検索すると、笑っちゃうような答えが見つかったり、めちゃくちゃだとあきれる解説が与えられたり、オブラートに包んだようなはっきりしないことが書いてあったりする。これは、物理の教科書を色々読んでみても同じで、「黒体の謎」を明快に説明している本は、今まで皆無だった。

そこで、ファインマン物理学を読んでみることにした。ここにはきっと何かいいことが書いてあるだろう、と期待は高まった。しかし、残念ながらファインマンですら、うまく説明できないようだ。訳本の第二巻のブラウン運動の章を見ると、「黒というのは、われわれの見ている炉の穴が温度が0の場合暗くなるからからである」とある。そんなこと言われても、これではどうして6000度で輝く太陽が黒体なのかよくわからない。温度をゼロにしたとき太陽は黒くなるからと言われても、「あーそうか!」とはならない。

ファインマンを読んで思い出したのは、熱平衡という概念だ。黒体というのは、その内部が熱平衡になっている物体のことだ。熱平衡にある物体は、その個性を失い、温度だけで特徴づけられるようになる、というのを確か熱力学か統計力学で学んだのを思い出した。

もう一つ、気をつけなければならないのは、「黒体」と「黒体輻射」という2つの用語の使い分けだ。どちらも「黒体」を含んでいる訳だが、実はかなり物理的な意味は異なる。実は、「太陽は黒体だ」というのはあまり正しくなく(まったくの間違いではないとは思うが)、「太陽光のスペクトルは、黒体輻射の分布とみなすことができる」というのが正しい言い方だと思う。

黒体の厳密な定義を、明快に与えてくれる教科書を私は持っていない。そこで、ネットで調べることにした。黒体の概念は現代物理ではあまり利用しないので、現代の教科書にはあまり詳しく書いてない。むしろ、絶版になったような大昔の教科書の方が丁寧に書いてあるはずだ。そこで、Open Libraryを利用することにした。

このwebsiteは本当に凄い!著作権の切れた古い本のpdfが無料で読めるのだ!(もちろん、利用はアカデミックな用途に限る。)ニュートンのプリンキピアとか、光学とか、初めて現物(のスキャン)をみることができたのは、本当に感動した。「光学」にある虹の説明図は本当に美しい!(印刷して今度部屋に飾っておこう。)今回は、黒体輻射の公式を発見し、1918年のノーベル物理学賞を受賞したMax Planck本人が書いた教科書"The Theory of Heat Radiation"をダウンロードして読んでみることにした。オリジナルはドイツ語なので、これは英語への翻訳だ。しかし、この本はほんとうに素晴らしい!

ついに、黒体の正確な定義の書いてある本を見つけることができた。そして、それは黒体研究の第一人者本人の書いた本だから、これ以上正確な説明はないだろう。しかも、それはドイツ人と来ている。省略なしの精密な説明が列挙されていて、非常に分かり易い。

(つづく)

福島で、空中降下物の放射能レベルが上がったこと

空から降ってくるのは雪とか雨だけかと思ったら、花粉や黄砂などの微粒子とか、さらには最近では放射性セシウムやらと、ろくでもないものも降ってくるようになってしまった。春には放射性セシウム入り杉花粉が飛ぶとか飛ばないとか、ちょっとした騒ぎになるだろう。

とはいえ、今はお正月。真冬のこの時期にまだ花粉は早い。殊に、福島では春はまだ先のことだ。にも関わらず、大気からの降下物に含まれる放射性セシウムの量が、1月に入って急激に増加しているというデータが出た。福島県庁が発表している資料を見ると、12月までのレベルと比べ10倍以上あり、昨年の5、6月と同じ程度だというから大変だ。

数日前からネットでこの話題が沸騰し、「また放射能物質が漏れたのか」とか、「4号機が爆発した?」とか、「北朝鮮の原子炉がやばい」とか、色々な理由を想像して、慌てた人々も多々いたようだ。

最初に抑えるべきポイントは、ヨウ素131の量だ。もし、原子炉からの「フレッシュな」放射能漏れだとしたら、またもやこの恐ろしい放射能物質が出てくるはずだからだ。どうも近隣の自治体の中には、今回の異常上昇を受けてヨウ素剤を村民に緊急配布したところもあるらしい。しかし、福島県の測定が信じられない、という場合はともかくとして、今回のデータではヨウ素131はNDになっている。つまり、原子炉からの漏れではないと思われる。

とすると、3月以降に降ったセシウムが、再び舞い上がって降り注いでいる可能性の方が高い。今や周知のことだが、セシウム137の半減期は30年だ。1年弱しか経過していない今、相当量が福島の大地に(福島だけじゃないが)残っている。今回の放射性セシウムの大気降下物中における量が急増したのは、なにかの理由で地上のセシウムが大気中に再循環したのが原因だろう。

お正月になって急に増えること...焚き火?どんど焼きとか、この季節の行事には火を燃やすものが多い。また、年末年始になるとゴミ収集が途絶えるから、庭で焚き火をやる人が増えるのも確か。別の原因として、福島で雪か雨でも降ったかなと思ったが、どうやら快晴だったらしく、この方面は考察から除外してよいだろう。もう一つは、強風による砂の巻き上げ。これはKEKの野尻先生の説だ。最近、かなり強い風が福島では吹いたという。

とにかく、空気中のセシウム濃度が上がったのは確かだから、福島周辺の人々は吸い込まないように注意した方がよいだろう。ちなみに、東京のデータを見てみたが、福島のような異常は見られなかった。福島周辺だけの局地的な現象だと思いたいが、果たしてどうか?

ちなみに、マスメディアはこの異常上昇についてまったく報道していない。福島県庁も、データをポンとネットに公開しているだけで、なんの警告も解釈も発表していない。素人の対応と非難されても仕方ないだろう。測定してネットにデータをアップしている本人が、その意味がまったくわからずにやっているのでは?福島県は、科学者を(少なくとも一人)臨時雇いして、測定データの活用についてアドバイスを求めていくべきだろう。

更に言うと、文科省のホームページは多分お正月休みで更新はお休み。(東電は、文科省にリンクを貼って横流し。自分のデータは公開せず?)ハッキリいって「役立たず」。(過去のデータは参考になったので、そこは評価しておこう。)

2012年1月5日木曜日

The Feynman Lectures on Physics Vol. IIを読む

むかーし、神保町の明倫館で購入したまま読まずにおいた洋書。最近必要があって、ついに読む時がやってきた。といっても、最初の章だけしか読んでないが。しかし、その内容に感動してしまった。ファインマンの教科書は、いつ読んでも感動する。これを読むと、世界の見え方が変わってくる!

「重力と同じように、逆二乗則に従う力を考えてみよう。ただし、引力と斥力の2つの型が共存するタイプの力で、その力の強さがずっとずっとずっと大きいとしよう。それが電気力という力である。」という感じで書き出しが始まる。そしてこう続く。「全ての物質は無数の原子からできているが、その原子もさらに電子と原子核で構成される。前者はマイナスの、後者はプラスの電荷をもっている。ということは、全ての物質は無数のプラスとマイナスの混じり合ったものとして考えることができる。物質と物質が触れ合うことができるのは、このマイナスとプラスが厳密に等しく、バランスが釣り合っているからだ。仮に、人間の電気のバランスがほんの1%だけマイナスにずれているとしよう。そうすると、A男くんがB子さんに近づこうと思ってもそれは到底無理な話となる。強力な電気の斥力によって、2人が触れ合うのは不可能なのだ。どの程度の力かというと....エンパイアステートビルを動かすほどだって?いえ、いえ。エベレスト?いえ、いえ、いえ。それは地球を動かしてしまうほどの強力な斥力なのだ!」(注:若干のアレンジあり。)

さらに、eye-openingなコメントが続く。+と—の2種類の電荷があり、それが逆二乗則に従うので、完全なバランスに調整して、プラマイの影響力を相殺するのは難しいという。例えば、+と−が同じ数だけあったとしても、+と−をそれぞれ偏らせて分布させれば、斥力や引力が生き残る状況にすることは可能だ。

なるほど。どおりで電磁気学ではモーメントの計算をしつこくやる訳だ。力学では、剛体の運動をやるときにほんのちょっとしか出て来ないのに、どうして電磁気学ではこればっかり何度も勉強させらるれるのか、恥ずかしながらずーっと疑問に思って来た。が、その答えが今日得られた!「偏極」なんて概念も、「電磁気の中の電磁気」といった概念だったんだ。

ところで、この本は第4章と第5章に激しい落丁があって(ページが真っ白!)、買い直しが必要であることも判明...どおりで、古本屋に安くおいてあった訳だ。

続きはまたの機会に。

The Feynman Lectures on Physics
Vol. II (mainly electromagnetism and matter)

authors: R.P.Feynman, R.B. Leighton, M. Sands

publisher: Addison-Wesley Publishing Co. (1964).


2012年1月2日月曜日

イリジウムフレア

夜に犬の散歩に出かけた。西の空に、まばゆく輝く流れ星が1秒ほど流れた。あんなに明るい流れ星を見たことは無い。...ふと「イリジウムフレア?」という考えが浮かんだ。多分そうだ、あれがイリジウムフレアだ。

イリジウムフレアというのは、イリジウムという人工衛星の金属パネルが太陽光を反射して輝く現象のこと。イリジウムは衛星電話のシステムで、今回の大災害でも活躍した。人工衛星なので、その軌道は計算できるから、いつどこで光るかちょっと調べると知ることができる。今度その情報をもとに観測してみて、この間と同じような感じだったらイリジウムフレアということになるだろう。さもなければ、とてつもない大きな火球だったということになる。