東欧の街に仕事でいった。研究所の前の建物に線量計がついていた。
結構高い値で驚いた。ヨーロッパ人は「ここは標高が高いから」というのだが、地質も影響しているような気もする。一応、土壌サンプルは採取できたので、あとで調べてみたい。ちなみに、この国には原発はまだないはず。
この研究所には野良犬がとても多いのだが、実は町中にもたくさんいるらしい。かつて流行で買われていた犬が、経済の崩壊で捨て犬となり、野生化したのだと説明を受けた。狂犬病がときどき流行るらしく、そうなると町中大騒ぎになるとか。そういえば、狂犬病は死亡率100%であった...
2015年10月4日日曜日
国際宇宙ステーション(ISS)はLinux Debianを採用
一昨年のことになるが、国際宇宙ステーション(ISS)で使用するラップトップPCのOSが、WindowsからLinuxのDebianディストリビューションに変更になったと最近知った。
どうやら原因は、それまで使っていたWindows XPシステムが、軌道上でコンピュータウィルスに感染してしまったことにあるようだ。
また、ISSに積み込むヒューマノイドロボ(ロボノート=Robonaut)「R2」のOSにもLinuxが採用された。
宇宙では、Linuxが一番信用できるのであろう。
少し前には、Scientific LinuxというFermiLabが開発したdistributionがISSで採用されていたが、今ではDebianに変わったらしい。CERNはCern Linuxの開発をやめてCentOS(Linux)に変えたと聞く。さて、次に作るシステムには何を使おうか?
どうやら原因は、それまで使っていたWindows XPシステムが、軌道上でコンピュータウィルスに感染してしまったことにあるようだ。
また、ISSに積み込むヒューマノイドロボ(ロボノート=Robonaut)「R2」のOSにもLinuxが採用された。
宇宙では、Linuxが一番信用できるのであろう。
少し前には、Scientific LinuxというFermiLabが開発したdistributionがISSで採用されていたが、今ではDebianに変わったらしい。CERNはCern Linuxの開発をやめてCentOS(Linux)に変えたと聞く。さて、次に作るシステムには何を使おうか?
2014年8月2日土曜日
"Philosophical Magzine"は物理の専門誌
キルヒホッフの法則を述べた、キルヒホッフ自身の論文はドイツ語で書かれている。これはネットでもダウンロードできるのだが、ドイツ語が読めない人間には無用の長物である。英訳はPhilosophical Magazineにあるというのだが、この雑誌はあまり今まで見たことが無い。ネットで引くと、現在は物性と凝縮体の物理研究の論文を取り扱っているようだ。
この雑誌、かつてBoseの論文をrejectした雑誌だったことが判明。Boseのアイデアをまとめた論文は日の目を見ずに終わる所だったのだが、Bose自身がEinsteinに直訴する形をとったところ、すぐにアインシュタインはその価値を見抜いて、英語からドイツ語に翻訳してZ.Physに投稿し、即座にAcceptされたという逸話がある。これがBose-Einstein condensateの最初の論文となったわけだ。
この雑誌、かつてBoseの論文をrejectした雑誌だったことが判明。Boseのアイデアをまとめた論文は日の目を見ずに終わる所だったのだが、Bose自身がEinsteinに直訴する形をとったところ、すぐにアインシュタインはその価値を見抜いて、英語からドイツ語に翻訳してZ.Physに投稿し、即座にAcceptされたという逸話がある。これがBose-Einstein condensateの最初の論文となったわけだ。
2013年12月13日金曜日
Peter Higgsに同意。
ヒッグス粒子の存在を理論的に予言し、今年のノーベル物理学賞を受賞した、エディンバラ大学名誉教授のPeter Higgsへのインタビューがthe Guardianに載った。
「今の(英国の)大学のやり方では、私(Higgs)が1964年に成し遂げたような独創的な研究は成し遂げられないだろう」という。彼の不満はよくわかる!まさに同感だ。RAEが行われたとき、論文を書かないHiggsをエディンバラ大学は厄介者と感じ、もしノーベル賞にノミネートされてなかったら「首にしてた」そうだ。現在の英国の大学は「金集め」が目的だから、金目の薄い学術や芸術の探求にはまったく興味を示さない。
「ヒッグス機構」以上の内容を持った論文を書くのはそうそうできるものでもないが、書いた本人にしてみれば、それ以下の内容の論文は「駄作」になるから書きたくないと思うのは当然だ。Higgsが最後に論文を書いてから40年近く経つそうだが、その間「研究もせず大学をぶらぶらしていただけ」なんて誰が思うだろうか?考えても考えても、論文にできないことはたくさんある!それを強引に安っぽく書き上げてしまっては、ゴミ箱直行の駅前チラシと同じ程度の価値しかない!
「今の(英国の)大学のやり方では、私(Higgs)が1964年に成し遂げたような独創的な研究は成し遂げられないだろう」という。彼の不満はよくわかる!まさに同感だ。RAEが行われたとき、論文を書かないHiggsをエディンバラ大学は厄介者と感じ、もしノーベル賞にノミネートされてなかったら「首にしてた」そうだ。現在の英国の大学は「金集め」が目的だから、金目の薄い学術や芸術の探求にはまったく興味を示さない。
「ヒッグス機構」以上の内容を持った論文を書くのはそうそうできるものでもないが、書いた本人にしてみれば、それ以下の内容の論文は「駄作」になるから書きたくないと思うのは当然だ。Higgsが最後に論文を書いてから40年近く経つそうだが、その間「研究もせず大学をぶらぶらしていただけ」なんて誰が思うだろうか?考えても考えても、論文にできないことはたくさんある!それを強引に安っぽく書き上げてしまっては、ゴミ箱直行の駅前チラシと同じ程度の価値しかない!
2013年10月29日火曜日
朝永振一郎も「慣性の法則」に気付き給ふ
朝永振一郎著「量子力学と私」(岩波文庫1997年)が出版されたとき、理学部の学生/大学院生の間にざわめきが起きたのを記憶している。「朝永の日記読んだか?」「ああ、読んだよ!」という会話が大学の講義室や研究室のあちこちで交わされた。この文庫に収録されている「滞独日記」の章のことだ。
この日記には、ハイゼンベルグ(ドイツ)の下で研究を行う、朝永さんの日常が赤裸裸に綴られていて、凡人の我々には本当にありがたい本なのである。これを出版する事を了承した御家族の英断には感謝申し上げたい。それは、この日記を読むと、ノーベル賞を受賞した人でも、これほど迷ったり、さぼったり、計算に疲れたり、優秀な友人(湯川秀樹のこと)をひがんだり...まったく一般人の我々と変わらないじゃないか!という驚き、そして「これならオレだって同じだ。いつかはノーベル賞とれるかも」という妙な希望を我々に持たせてくれるからだ。
久しぶりにこの本を読み返してみたが、どうも前半の部分の印象が随分薄くなっていたことを痛感した。読み返してみると、これも非常におもしろい!特に、「原子核物理における日英の交流」の章にある一節が目に留まった。引用してみよう。
この日記には、ハイゼンベルグ(ドイツ)の下で研究を行う、朝永さんの日常が赤裸裸に綴られていて、凡人の我々には本当にありがたい本なのである。これを出版する事を了承した御家族の英断には感謝申し上げたい。それは、この日記を読むと、ノーベル賞を受賞した人でも、これほど迷ったり、さぼったり、計算に疲れたり、優秀な友人(湯川秀樹のこと)をひがんだり...まったく一般人の我々と変わらないじゃないか!という驚き、そして「これならオレだって同じだ。いつかはノーベル賞とれるかも」という妙な希望を我々に持たせてくれるからだ。
久しぶりにこの本を読み返してみたが、どうも前半の部分の印象が随分薄くなっていたことを痛感した。読み返してみると、これも非常におもしろい!特に、「原子核物理における日英の交流」の章にある一節が目に留まった。引用してみよう。
....大学という機関は保守的であるのが常であって、急激な変化に対しては大きな慣性を示します。とくに有力な大学の多くが国立であり....文部省とか大蔵省とかの官僚機構のもつ大きな慣性によって、大学の慣性はさらに倍増されがちなのです。この大きな慣性のために、...科学の進歩があまりにも急激であるとき、大学がそれに反応し得ないことが私の国(日本)では起こりがちなのであります....以前、慣性の法則について書いた事があった。朝永氏も似たような感想をもったのだと知って、またもや「妙な」親近感が湧いたのだった。
2013年8月22日木曜日
2013年5月21日火曜日
スペインの友人にメールを書く
スペインの友人にメールを久しぶりに書いた。その返事が「I am very glad to hear from you, because I had an impression that you left the field...」だった。ヨーロッパにいないと忘れられてしまうらしい。論文は結構まめに出してるのに...
たしかに、毎日新しい論文をチェックするのは骨が折れる仕事だというのはよくわかる。論文をたくさん書いても、読んでもらえなければ存在感は示せない。やはり、直接会って話したり、食事をしたり、手紙(メール)のやりとりをしたりなど、「普通の」コミュニケーションをしていないと忘れてしまうというのは、(日本にいても)音信不通の知人友人たちの存在感がまったく感じられないのと同じことだ。
ちょくちょくヨーロッパに帰って、あちこちでセミナーでもやらないと、そのうち「死んだのかと思ったよ」などと書かれかねない。
日本はかくも「地球の果て」にあるのかと思い知らされる。
ところで、最近、日本の政治家の多くが、世界中の人たちが眉を潜めるようなひどい歴史認識を持ち、また女性の人権に対して無理解であることがばれてしまったが、これは逆に日本の外の世界があることを、彼らは忘れ去ってしまったのではないだろうか?
ところで、件のスペイン人とは、近々ヨーロッパのとある街で、ひさしぶりに会うことになった。
たしかに、毎日新しい論文をチェックするのは骨が折れる仕事だというのはよくわかる。論文をたくさん書いても、読んでもらえなければ存在感は示せない。やはり、直接会って話したり、食事をしたり、手紙(メール)のやりとりをしたりなど、「普通の」コミュニケーションをしていないと忘れてしまうというのは、(日本にいても)音信不通の知人友人たちの存在感がまったく感じられないのと同じことだ。
ちょくちょくヨーロッパに帰って、あちこちでセミナーでもやらないと、そのうち「死んだのかと思ったよ」などと書かれかねない。
日本はかくも「地球の果て」にあるのかと思い知らされる。
ところで、最近、日本の政治家の多くが、世界中の人たちが眉を潜めるようなひどい歴史認識を持ち、また女性の人権に対して無理解であることがばれてしまったが、これは逆に日本の外の世界があることを、彼らは忘れ去ってしまったのではないだろうか?
ところで、件のスペイン人とは、近々ヨーロッパのとある街で、ひさしぶりに会うことになった。
2013年4月14日日曜日
広島を訪ねる(その1)
学会が広島で開かれたので、参加してきた。瀬戸内にしては天気があまりよくなかったのが残念だった。初日こそ晴れて咲き始めた桜などを楽しむ余裕もあったが(驚いたことに東京より開花が遅いらしい)、その翌日は終日雨となって、ズボンの裾がびしょ濡れになったり、論文に雨の滴の染みが残ったりと、惨めな状態になった。それでも、共同研究者と議論したり、おもしろそうなセッションに出向いて質問したりと、物理学者として有意義な時間を久しぶりに過ごすことができて満足した。そして、その合間を縫って、放射線量等の測定を行った。
言うまでもなく、広島は原爆が炸裂した街だ。その影響は100年残るとか、草木はもう生えないだろうとか、いろいろなことが当初は言われたという。ところが、60年代に大阪で万博が開かれた頃になると、街は「復興」し、原発を歓迎するような雰囲気にまでなっていたらしい。つまり、一見して放射能の影響はなかったかのように、広島の街は再興した。外国人にも「広島の放射能汚染は今はどうなのか?」と聞かれることがあるし、自分自身も子供の時にまったく同じ疑問をもった。高校の修学旅行で広島に初めて行ったときに聞いたのが、「今でも河原に落ちている屋根瓦の破片などが放射能を示すことがある」という伝聞情報だった。若干の汚染は残っていても、もう大丈夫なんだ、という感触を得たのを覚えている。今振り返ってみると、正直言ってこの修学旅行は「ボケ茄子」以外のなにものでもなかったと思う。広島の博物館や記念館は、写真や絵を使って恐怖だけを植え付けようとするだけで、放射能汚染や核兵器の科学的な説明と、それにもとづいた怖さに関する情報が決定的に不足している。長崎でも同じ感想をもった。そして、同じような感想を英国人の友人達(物理学者)も語っていた。
まず、目から鱗が落ちたのが、日本地質学会の自然放射能強度の分布図を見たときだ。関西のバックグランドレベルが高いことは、昨年の六甲探訪の時に確認したし、同僚から「岡山辺りが結構高い」という話を聞いていたので、知っていたのだが、まさか広島がそれを上回る高レベルにあるとは知らなかった。今まで調べなかったのは、迂闊だった。
この分布図を見ると、修学旅行の時に聞いた「広島の河原ではガイガーカウンターが今でも激しく鳴る」という話を、原爆の影響が残っている証拠だとそのまま鵜呑みに思ってはいけないことがわかる。広島のバックグランドレベルが高いことの影響かもしれないからだ。やはりαにせよ、γにせよ、スペクトル分析しないと結論は出せない。
学会は広島大学の東広島キャンパスで行われたので、まず広島の東側の調査から始めた。
言うまでもなく、広島は原爆が炸裂した街だ。その影響は100年残るとか、草木はもう生えないだろうとか、いろいろなことが当初は言われたという。ところが、60年代に大阪で万博が開かれた頃になると、街は「復興」し、原発を歓迎するような雰囲気にまでなっていたらしい。つまり、一見して放射能の影響はなかったかのように、広島の街は再興した。外国人にも「広島の放射能汚染は今はどうなのか?」と聞かれることがあるし、自分自身も子供の時にまったく同じ疑問をもった。高校の修学旅行で広島に初めて行ったときに聞いたのが、「今でも河原に落ちている屋根瓦の破片などが放射能を示すことがある」という伝聞情報だった。若干の汚染は残っていても、もう大丈夫なんだ、という感触を得たのを覚えている。今振り返ってみると、正直言ってこの修学旅行は「ボケ茄子」以外のなにものでもなかったと思う。広島の博物館や記念館は、写真や絵を使って恐怖だけを植え付けようとするだけで、放射能汚染や核兵器の科学的な説明と、それにもとづいた怖さに関する情報が決定的に不足している。長崎でも同じ感想をもった。そして、同じような感想を英国人の友人達(物理学者)も語っていた。
まず、目から鱗が落ちたのが、日本地質学会の自然放射能強度の分布図を見たときだ。関西のバックグランドレベルが高いことは、昨年の六甲探訪の時に確認したし、同僚から「岡山辺りが結構高い」という話を聞いていたので、知っていたのだが、まさか広島がそれを上回る高レベルにあるとは知らなかった。今まで調べなかったのは、迂闊だった。
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| 広島周辺の自然放射線量の分布図。 赤い領域は0.13μSv/h以上に相当する地域。 東広島から広島、そして岩国に至るまで広い範囲に高線量地帯が広がる。 これらは花崗岩の分布と一致する。 |
学会は広島大学の東広島キャンパスで行われたので、まず広島の東側の調査から始めた。
2012年12月31日月曜日
時間反転操作と反ユニタリー性
Bellの不等式と並んで、J.J.Sakuraiの時間反転操作の章は、いつも理解するのに時間がかかり、そして、すぐに忘れる。さすがに今回は論文で使う事になったので、慎重に読んでいる。
反ユニタリー性...滅多に使わない、というか、久しぶりに耳にした。自分が使わないだけでなく、他人の論文や教科書でも出くわした事はない。J.J.Sakuraiだけに登場する(少なくとも私の場合は)。
ユニタリー変換...これは日常茶飯事の概念であり、量子力学の基本だ。ほとんどの対称性はユニタリー変換になっている。超伝導理論でよく使う、フェルミオンの準粒子基底への変換、ボゴリウボフ変換、もユニタリー変換だし、角運動量の理論で出てくる「回転操作」もそうだ。一言で言うと、ユニタリー変換というのは、内積を保存する変換のことだ。
反ユニタリーというのは、内積の絶対値を保存するという定義で、ユニタリー変換の反対というよりは、より広義に変換を定義したものというべきだろう。Sakuraiはさらに定義を拡張して、変換した後に、もともとの内積の複素共役になっているものを反ユニタリーと再定義している。一見抽象的で、「???」的な初期反応を示してしまいがちだが、この「複素共役」というところがとても大事で、この「無機質」で、純粋数学的な操作に、物理的な意味を持たせる企てだ、と理解すると納得しやすいだろう。
時間反転は反ユニタリー変換だ、というのが結論なんだが、複素共役の効果は、実は考えているベクトル空間の基底の選び方によって千差万別なので、基底がなにかよく見極めてから、時間反転の操作を定義しないといけないところが面倒くさい。つまり、うまく基底を選べば、時間反転操作もうまい具合に複素共役にできますよ、という話だ。これは、基底に依存しないユニバーサルな定義が可能な演算子や変換ばかりを習って来た「普通」の学生にはなかなか理解できないのだろう(私を含め)。
反ユニタリー性...滅多に使わない、というか、久しぶりに耳にした。自分が使わないだけでなく、他人の論文や教科書でも出くわした事はない。J.J.Sakuraiだけに登場する(少なくとも私の場合は)。
ユニタリー変換...これは日常茶飯事の概念であり、量子力学の基本だ。ほとんどの対称性はユニタリー変換になっている。超伝導理論でよく使う、フェルミオンの準粒子基底への変換、ボゴリウボフ変換、もユニタリー変換だし、角運動量の理論で出てくる「回転操作」もそうだ。一言で言うと、ユニタリー変換というのは、内積を保存する変換のことだ。
反ユニタリーというのは、内積の絶対値を保存するという定義で、ユニタリー変換の反対というよりは、より広義に変換を定義したものというべきだろう。Sakuraiはさらに定義を拡張して、変換した後に、もともとの内積の複素共役になっているものを反ユニタリーと再定義している。一見抽象的で、「???」的な初期反応を示してしまいがちだが、この「複素共役」というところがとても大事で、この「無機質」で、純粋数学的な操作に、物理的な意味を持たせる企てだ、と理解すると納得しやすいだろう。
時間反転は反ユニタリー変換だ、というのが結論なんだが、複素共役の効果は、実は考えているベクトル空間の基底の選び方によって千差万別なので、基底がなにかよく見極めてから、時間反転の操作を定義しないといけないところが面倒くさい。つまり、うまく基底を選べば、時間反転操作もうまい具合に複素共役にできますよ、という話だ。これは、基底に依存しないユニバーサルな定義が可能な演算子や変換ばかりを習って来た「普通」の学生にはなかなか理解できないのだろう(私を含め)。
2012年12月26日水曜日
Clebsh-Gordan係数<jm00|jm>
久しぶりにWigner-Eckartの定理を使う。スピンに依存しない相互作用の行列要素の計算が目的。スピンが0だから、ランク0のテンソルと見なせる。このとき、状態の角運動量は相互作用の前後で変化してはならない、というのがWigner-Eckartの意味する所。Clebsh-Gordan係数はこのとき<JM00|JM>となる。これが実は1になる!
つまり、スピンに依存しない相互作用の行列要素はreduced matrix elementだけで書けてしまうのだ。ここで(JM)は2粒子の合成角運動量。
つまり、スピンに依存しない相互作用の行列要素はreduced matrix elementだけで書けてしまうのだ。ここで(JM)は2粒子の合成角運動量。
2012年8月31日金曜日
行列の三角化:固有値と行列式の計算
量子力学をやっていると、たくさん固有値問題を解くことになる。また同じように、行列式もたくさん計算する。行列式を計算する手法はいろいろあるが、数値的にこれらを計算するときには、たいてい固有値を求めてから行列式を計算する。これができるのは、三角行列の対角要素が固有値になっているのと同時に、その積が行列式に等しくなるという性質があるからだ。
行列の対角化は、行列の形式によっては出来る場合があったり、出来ない場合があったりするが、行列の三角化は必ず実行できる。「一般の行列」の固有値計算というのは、量子力学ではあまり行わないので、「行列の三角化」については、あまり注意を払って来なかった。
もう少し詳しく書くと、観測量は実数でないといけないが、量子力学ではそれを保証するために、対応する力学変数(演算子)はエルミートでなければならない、という制約が課される。したがって、エルミートな行列の固有値問題を専ら解くことになる。エルミートな行列は常に対角化可能だから、三角化のことなど考えなくてもいいのだ。(もちろん、固有状態も計算したいから、三角化だけでは不満足。)
一方で、教養の数学で習った線形代数では、三角化についてや、対角化可能性についてくどいほど説明がある。学部学生だった頃、「どうせエルミート行列の固有値問題しかやらないんだから、三角行列なんてどうして勉強するんだろう?」と疑問に思った。実は、多体問題をやっていると、行列式だけが必要で、固有値自体や固有状態が不要の場合が結構ある。こういうときは、なんでもかんでも対角化するのではなく、三角化して固有値だけを求めれば済む。しかも、こういう場合に登場する行列はエルミートでもユニタリーでも直交でもなんでもない、一般の行列だったりする。こういうときに、三角化の知識は使うのだ。
行列の次元を2倍に増やして、物理の問題を定式化する場合がある。例えば、超伝導や超流動のような対相関がある多体系の物理だ。2倍に次元を増やすだけで、公式が綺麗になる。しかし、この理論をもとに数値計算を行うときは、2倍次元のままでは「不便」な場合もあるので、元の大きさに次元を「圧縮して」計算したい。そういう場合には、次のような公式が便利だ。
AやBは、もともとの物理的な次元(nとしよう)をもった行列とし、それを積み重ねることで、2倍次元の行列を理論構築のためにつくったとする。このとき、AとBを互い違いに重ねた行列の行列式(上式の左辺)は、オリジナルの行列の和と差の行列式の積となる。
この公式の証明には、三角行列を用いる。左下にあるBの部分を、行列の線形性を利用して0にし、(ブロック)三角行列へと変形するのだ。途中の計算を省略すると、
となって、題意は証明される。正直とてもきれいな公式だと思う。
同じように、三角行列を使った方法を用いて、ブロック行列の行列式の公式を証明することもできる。これはLU分解という方法の応用で、任意の行列を、下三角行列と上三角行列の積に分解する方法だ。こういう便利な公式は見ていて楽しい。このホームページにはそういう公式が列挙されているので、大変参考になる。
2012年6月23日土曜日
スイスで研究会
現在、スイスに滞在中。驚いたことに、結構暑いし、蒸す天気。でも朝と夕はさすがに涼しくて気持ちよい。夕立が昨日きたが、今日はよく晴れた。この時期、日本の梅雨を逃げてくるのは正解だろうと思う。
ここしばらくは、研究会で発表するための準備に追われていた。苦労の甲斐あって、なんとか内容をわかり易く整理するところまでこぎ着けた。あとは、どれだけジョークを散りばめるかだ。日頃の堅っ苦しい発表(まじめすぎる日本の会議)にうんざりきているだけに、今回は言えるだけ言わせてもらおう。
とはいえ、発表の準備だけでは息が詰まるので、付近の街にヨーロッパの友人たちと少し出かけてみた。今回はなぜかマクベスの野外劇。スイス在住の英国人たちがプロの俳優をロンドンから毎年呼んで開催しているとか。金持ちが多い感じがする。スイスは銀行家が多いからか?劇はレマン湖の湖畔を臨む小高い丘の上に建つ館(Chateau)の中庭にて行われた。劇の前にシャンペンとカナッペが振る舞われた。湖を見渡しながら、遠くに見えるモンブランを見ながらの食事。とても美味しかった!
湖の対岸はフランスだという。そしてモンブランの左に見えた山岳地帯の町は、なんとEvianだという。ここで採水しているとのこと。現地にいけば、好きなだけEvianの湧き水を勝手に汲んでいいとか。今回は訪ねる時間がないが、今度行ってみよう。
夏至ということもあって、今ヨーロッパの日没はだいた9時半過ぎ。10:30頃まで薄明るいので、眠るのが遅くなる傾向あり。気をつけねば。
途中、ブドウ畑とワイン農場の館の風景にも出くわした。広大な風景が目の前に広がっていた。スイスというと寒い地方という印象があっただけに、今回の天気といい、この広いブドウ畑といい、結構暖かい場所だということを知って驚いた。
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| マクベスの劇をみたChateau。 |
ここしばらくは、研究会で発表するための準備に追われていた。苦労の甲斐あって、なんとか内容をわかり易く整理するところまでこぎ着けた。あとは、どれだけジョークを散りばめるかだ。日頃の堅っ苦しい発表(まじめすぎる日本の会議)にうんざりきているだけに、今回は言えるだけ言わせてもらおう。
とはいえ、発表の準備だけでは息が詰まるので、付近の街にヨーロッパの友人たちと少し出かけてみた。今回はなぜかマクベスの野外劇。スイス在住の英国人たちがプロの俳優をロンドンから毎年呼んで開催しているとか。金持ちが多い感じがする。スイスは銀行家が多いからか?劇はレマン湖の湖畔を臨む小高い丘の上に建つ館(Chateau)の中庭にて行われた。劇の前にシャンペンとカナッペが振る舞われた。湖を見渡しながら、遠くに見えるモンブランを見ながらの食事。とても美味しかった!
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| モンブランとレマン湖 |
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| Evianの村の遠景。湖の対岸にあたる。 |
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| Chateauの様子。 |
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| 広がる広大なブドウ畑。地平線のところにあるのが、ワインの醸造工場。 |
ところで、今日のシャンペンはフランス製。噂ではスイスのワインも結構おいしいらしいが、なかなか手に入れ難いという。英国人達もスイスワインはなかなかみつからないと漏らしていた。これだけひろいブドウ畑があるのだからないはずはない。多分、金持ち達が買い占めているのでは?
マクベスはなかなか面白かったが、英語が難しい。まだまだ不勉強。
2012年3月31日土曜日
学会で神戸へ:六甲山での線量測定
神戸に到着す。何回か通り過ぎた事はあったが、この地を訪ねたのは生まれて初めて。新神戸の裏手にはすでに山が迫っていて、軽井沢かどこかの避暑地に来た雰囲気。目の前には瀬戸内の海があるはずなのに、不思議なところだと思った。
まずは、駅近くのホテルで寿司を楽しむ。和歌山の魚だということで、久しぶりに、刺身を注文する。先日も報道されていたが、福島の原子炉には亀裂や穴が空きまくっているようで、水位はわずかに60センチ。毎日9トンの水を注ぎ込んでおきながら、そのほとんどが漏れているということは、ストロンチウム90どころか、プルトニウム239やその他の恐ろしい「死の灰」のほとんどが、きれいさっぱり環境、つまり海に今でも流れこんでいるということだ。そんな場所の魚(つまり関東近海の太平洋)は到底楽しんで食べる事などできっこない。しばらくは、寿司を食べるのは関西のみのつもり。ということで、結局この店には二度食べにきた。探せばきっともっと美味しいところはあるはずなんだろうが、神戸というのは食べる場所を探すのがなかなか難しい。
すこし斜面にそって移動してみた。神戸のこの辺りは、六甲山の斜面に沿って高級住宅街が展開されている。神戸の大地震の傷跡はもうないように見える。それにしても、こんな斜面に高層建築を建てて大丈夫なんだろうか?もう地震は当分やってこないと高をくくってないだろうか?杞憂に済めばいいのだが。
六甲山に登ってみる。意外に高い山で驚いた。山頂までの道のりはグニャグニャ曲がりくねっている。谷に大きな橋がかけてあったところで道を間違え、危うくトンネルの向こう側の丹波に抜けてしまうところだった。
関西とはいえ、6時半を過ぎると夕闇が迫ってくる。この日は、接近した金星と木星の丁度真ん中に細い三日月が入り込んでいて、非常にきれいだった。(写真を撮ってみたが手ブレがひどくうまく行かなかった。残念。)
神戸の夜景はそれなりにすごかった。しかし、この灯りを手放しで喜ぶことはできないと思ったのも事実。少なくとも、せっかくの綺麗な星空が見えなくなってしまうのは見過ごせない。しばらくすると土星が上がって来た。今は、火、木、金、土が観測できる素晴らしいタイミングなのだが、いかんせん天気が悪い。神戸も東京並みに寒いと思った。(翌日、六甲はすごい吹雪となり、真っ白の世界と化した。下から登ってくると、嘘のような景色の変化でとても驚いた。たぶん、学会会場に居ただけの人たちは、神戸の山の方で積雪があったなんて説明しても、「わかった、わかった。ところで、今日4月1日だっけ?」と笑われるだけで、きっと信じてもらえないだろう。)
翌日、空き時間を使って再び六甲山を目指した。六甲の頂上付近は路面が凍結ぎみで緊張する。しかし、そこからちょっと南にくだっただけで雪は消えてしまった。ものすごく局所的な気候変化だ。神戸って実は変化に飛んだ、おもしろい場所なのかもしれない。この日の目標は線量測定と土壌採集。まずは、JB4020で線量を測定する。
六甲山は母岩が花崗岩なので、自然放射線が結構高いはずだ。日本地質学会のページで調べると確かに高めになっている。0.1μSv/h弱といったところだろうか?
地面を見ると、砂粒/小さな石ころが多い。そしてその母岩が露出しているところをよくみると案の定、花崗岩だった。花崗岩が風化してぼろぼろになり、砂粒となって表土を形成していた。セシウムが仮に福島から飛んできていたとしても、沈着せずに雨などによって流れ出しやすい土壌といえる。が、いちおう土壌を採取し、「汚染の無い例」として持ち帰ることにした。スペクトル分析したとき、どんな形になるか楽しみだ。
まずは、駅近くのホテルで寿司を楽しむ。和歌山の魚だということで、久しぶりに、刺身を注文する。先日も報道されていたが、福島の原子炉には亀裂や穴が空きまくっているようで、水位はわずかに60センチ。毎日9トンの水を注ぎ込んでおきながら、そのほとんどが漏れているということは、ストロンチウム90どころか、プルトニウム239やその他の恐ろしい「死の灰」のほとんどが、きれいさっぱり環境、つまり海に今でも流れこんでいるということだ。そんな場所の魚(つまり関東近海の太平洋)は到底楽しんで食べる事などできっこない。しばらくは、寿司を食べるのは関西のみのつもり。ということで、結局この店には二度食べにきた。探せばきっともっと美味しいところはあるはずなんだろうが、神戸というのは食べる場所を探すのがなかなか難しい。
すこし斜面にそって移動してみた。神戸のこの辺りは、六甲山の斜面に沿って高級住宅街が展開されている。神戸の大地震の傷跡はもうないように見える。それにしても、こんな斜面に高層建築を建てて大丈夫なんだろうか?もう地震は当分やってこないと高をくくってないだろうか?杞憂に済めばいいのだが。
六甲山に登ってみる。意外に高い山で驚いた。山頂までの道のりはグニャグニャ曲がりくねっている。谷に大きな橋がかけてあったところで道を間違え、危うくトンネルの向こう側の丹波に抜けてしまうところだった。
関西とはいえ、6時半を過ぎると夕闇が迫ってくる。この日は、接近した金星と木星の丁度真ん中に細い三日月が入り込んでいて、非常にきれいだった。(写真を撮ってみたが手ブレがひどくうまく行かなかった。残念。)
神戸の夜景はそれなりにすごかった。しかし、この灯りを手放しで喜ぶことはできないと思ったのも事実。少なくとも、せっかくの綺麗な星空が見えなくなってしまうのは見過ごせない。しばらくすると土星が上がって来た。今は、火、木、金、土が観測できる素晴らしいタイミングなのだが、いかんせん天気が悪い。神戸も東京並みに寒いと思った。(翌日、六甲はすごい吹雪となり、真っ白の世界と化した。下から登ってくると、嘘のような景色の変化でとても驚いた。たぶん、学会会場に居ただけの人たちは、神戸の山の方で積雪があったなんて説明しても、「わかった、わかった。ところで、今日4月1日だっけ?」と笑われるだけで、きっと信じてもらえないだろう。)
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| 夜の六甲山と神戸の夜景 |
翌日、空き時間を使って再び六甲山を目指した。六甲の頂上付近は路面が凍結ぎみで緊張する。しかし、そこからちょっと南にくだっただけで雪は消えてしまった。ものすごく局所的な気候変化だ。神戸って実は変化に飛んだ、おもしろい場所なのかもしれない。この日の目標は線量測定と土壌採集。まずは、JB4020で線量を測定する。
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| 六甲山系のとある山頂にて。 |
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| 自然放射線量分布図 |
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| 六甲の花崗岩 |
さて、線量測定の結果はというと、RAMIによる平均値は0.1μSv/h(生データ)となった。補正すると、0.05μSv/hに相当する。これは地質学会のデータ通りの値だ。つまり、福島原発事故に由来した汚染による、線量上昇は無いと解釈してもいいだろう。(もちろん、γ線スペクトル分析をしてより確証を高める必要はあるが。)この場所の測定でおもしろかったのは、一度だけ0.21μSv/hという値が表示されたことだ。これは、予想通りに結構高めの自然放射線がときどき六甲の山からは出ているということだろう。同じ0.1μSv/hという平均値が出ても、関東の汚染が弱い地域では各々の測定値で0.2μSv/hを越える値が出たのを見た事はない。(0.16μSv/h程度が上限のことが多い。しかし、東大本郷では0.2μSv/h以上の値が観測されている。)
2012年3月30日金曜日
学会で神戸へ:新幹線から富士を撮る
学会発表のため神戸へ向かう。いつもは、東京駅まで出るのだが、今回は新横浜を使ってみた。
第三京浜の方が、首都高よりも渋滞が少ないのは利点だ。港北ICはIKEAに行くときによく使うが、新横浜にいくにはIKEAとは反対方向にいく。少し走ると、日韓W杯の決勝を行った日産スタジアムが見えてくる。大きい。作りかけて計画頓挫したらしい首都高X号線の残骸が見えたりする。その先で右折し直進すると高島屋とくっついた形で新横浜の駅に突き当たる。ロータリーには10台程度路駐可能で、荷物の積み降ろしができる。が、込み合っているときはスペースが空くまでロータリーをクルクルと回り続けるか、有料駐車場に停める事となろう。
今回は、いつも静岡で見る見事な富士山の姿を新幹線の車窓から写してみようと、準備しておいた。時速200キロ以上で走行しているため、目で見える景色と写真に写る景色が異なる。つまり、肉眼では高速で視界から走り去る鉄柱やら電線を自動的に消去補正して認識するのだが、カメラは律儀にすべてを写し込むのである。あっ綺麗だ、と思ってシャッターを切ると、ど真ん中に鉄塔が鎮座して富士をまっ二つに割っていたりして、なかなかうまくとれなかった。それでもなんとか一枚まともな写真が取れた。とはいえ、この日の山頂は雲の中であった。残念。(実は帰りの列車からは綺麗な白富士が拝めたのだが、準備するのは忘れてしまい撮影する事ができなかった。残念。)
それにしても、シャッタースピードを1/800秒にすると、あたかも景色が止まっているように見えるから驚いた。
第三京浜の方が、首都高よりも渋滞が少ないのは利点だ。港北ICはIKEAに行くときによく使うが、新横浜にいくにはIKEAとは反対方向にいく。少し走ると、日韓W杯の決勝を行った日産スタジアムが見えてくる。大きい。作りかけて計画頓挫したらしい首都高X号線の残骸が見えたりする。その先で右折し直進すると高島屋とくっついた形で新横浜の駅に突き当たる。ロータリーには10台程度路駐可能で、荷物の積み降ろしができる。が、込み合っているときはスペースが空くまでロータリーをクルクルと回り続けるか、有料駐車場に停める事となろう。
今回は、いつも静岡で見る見事な富士山の姿を新幹線の車窓から写してみようと、準備しておいた。時速200キロ以上で走行しているため、目で見える景色と写真に写る景色が異なる。つまり、肉眼では高速で視界から走り去る鉄柱やら電線を自動的に消去補正して認識するのだが、カメラは律儀にすべてを写し込むのである。あっ綺麗だ、と思ってシャッターを切ると、ど真ん中に鉄塔が鎮座して富士をまっ二つに割っていたりして、なかなかうまくとれなかった。それでもなんとか一枚まともな写真が取れた。とはいえ、この日の山頂は雲の中であった。残念。(実は帰りの列車からは綺麗な白富士が拝めたのだが、準備するのは忘れてしまい撮影する事ができなかった。残念。)
それにしても、シャッタースピードを1/800秒にすると、あたかも景色が止まっているように見えるから驚いた。
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| 静岡から見た富士(新幹線から撮影) |
2012年3月28日水曜日
今年二つ目の論文
この間の論文の続編がほぼ完成した。
前の論文が発表されてから、よくよく調べてみたら前回の結果は一般化できることが分かったのだ。今回の論文では、数学の基礎理論を多用している。数学の基礎というのは本当に大事だと痛感した。それから、難しい教科書の細部という奴も、後で凄く大事になる。つっかかってしまって先に行けないのはよくないが、後で思い出して戻れる程度には理解しておくべきだった。そして必要なときに、必要なだけ深く理解できるような柔軟さも訓練して身につけておく必要があろう。人間というのは動機が必要なのかもしれない。せっかくの才能も、動機がないと発動させられない。
そういえば、小学校の頃、桜の散る時分になると必ず外国人の宣教師が校門脇に現れた。この宣教師、桜の木の下で自転車の荷台に紙芝居の道具を載せて、聖書の話を紙芝居にして子供達に説教した。私はクリスチャンではないが、彼らの影響を受けて、知らないうちに聖書風の考え方を身につけてしまったような気がする。
彼らの見せた絵の中に、天国への門の絵があった。開け放たれた大きな門は、門というよりは広い敷居に過ぎなかった。誰だってそこを跨いで簡単に天国に向かう事ができるように見える。しかし、宣教師は、「天国への門は誰にでも開かれているのだが、それを見る事をできるのは限られた人だけ」と言った。この広くて開け放たれた門を、多くの人々は見逃してしまうのです、と付け加えた。確かに絵をみると、門の目の前で横を向いたり、下を見たりと、まさに近視眼的な振る舞いをしている人々が描かれていた。天国の門の存在は、見える人には自明だが、そうでない人には永久に見えないのだという。子供の頃に「洗脳」されてしまった私にとって、この喩話は、今、至極納得がいく。
2012年1月7日土曜日
どうして黒体なのに明るく光るのか?
「黒体」って何かと問われれば、迷うことなしに「黒いもの」と答える。そこで問題が起きる。例えば、「太陽を黒体とみなすことができる」とか言われると非常に戸惑う。どうみても、黒く見えないから。似たようなことを感じている人は結構いるはずだ。
ネットで検索すると、笑っちゃうような答えが見つかったり、めちゃくちゃだとあきれる解説が与えられたり、オブラートに包んだようなはっきりしないことが書いてあったりする。これは、物理の教科書を色々読んでみても同じで、「黒体の謎」を明快に説明している本は、今まで皆無だった。
そこで、ファインマン物理学を読んでみることにした。ここにはきっと何かいいことが書いてあるだろう、と期待は高まった。しかし、残念ながらファインマンですら、うまく説明できないようだ。訳本の第二巻のブラウン運動の章を見ると、「黒というのは、われわれの見ている炉の穴が温度が0の場合暗くなるからからである」とある。そんなこと言われても、これではどうして6000度で輝く太陽が黒体なのかよくわからない。温度をゼロにしたとき太陽は黒くなるからと言われても、「あーそうか!」とはならない。
ファインマンを読んで思い出したのは、熱平衡という概念だ。黒体というのは、その内部が熱平衡になっている物体のことだ。熱平衡にある物体は、その個性を失い、温度だけで特徴づけられるようになる、というのを確か熱力学か統計力学で学んだのを思い出した。
もう一つ、気をつけなければならないのは、「黒体」と「黒体輻射」という2つの用語の使い分けだ。どちらも「黒体」を含んでいる訳だが、実はかなり物理的な意味は異なる。実は、「太陽は黒体だ」というのはあまり正しくなく(まったくの間違いではないとは思うが)、「太陽光のスペクトルは、黒体輻射の分布とみなすことができる」というのが正しい言い方だと思う。
黒体の厳密な定義を、明快に与えてくれる教科書を私は持っていない。そこで、ネットで調べることにした。黒体の概念は現代物理ではあまり利用しないので、現代の教科書にはあまり詳しく書いてない。むしろ、絶版になったような大昔の教科書の方が丁寧に書いてあるはずだ。そこで、Open Libraryを利用することにした。
このwebsiteは本当に凄い!著作権の切れた古い本のpdfが無料で読めるのだ!(もちろん、利用はアカデミックな用途に限る。)ニュートンのプリンキピアとか、光学とか、初めて現物(のスキャン)をみることができたのは、本当に感動した。「光学」にある虹の説明図は本当に美しい!(印刷して今度部屋に飾っておこう。)今回は、黒体輻射の公式を発見し、1918年のノーベル物理学賞を受賞したMax Planck本人が書いた教科書"The Theory of Heat Radiation"をダウンロードして読んでみることにした。オリジナルはドイツ語なので、これは英語への翻訳だ。しかし、この本はほんとうに素晴らしい!
ついに、黒体の正確な定義の書いてある本を見つけることができた。そして、それは黒体研究の第一人者本人の書いた本だから、これ以上正確な説明はないだろう。しかも、それはドイツ人と来ている。省略なしの精密な説明が列挙されていて、非常に分かり易い。
(つづく)
ネットで検索すると、笑っちゃうような答えが見つかったり、めちゃくちゃだとあきれる解説が与えられたり、オブラートに包んだようなはっきりしないことが書いてあったりする。これは、物理の教科書を色々読んでみても同じで、「黒体の謎」を明快に説明している本は、今まで皆無だった。
そこで、ファインマン物理学を読んでみることにした。ここにはきっと何かいいことが書いてあるだろう、と期待は高まった。しかし、残念ながらファインマンですら、うまく説明できないようだ。訳本の第二巻のブラウン運動の章を見ると、「黒というのは、われわれの見ている炉の穴が温度が0の場合暗くなるからからである」とある。そんなこと言われても、これではどうして6000度で輝く太陽が黒体なのかよくわからない。温度をゼロにしたとき太陽は黒くなるからと言われても、「あーそうか!」とはならない。
ファインマンを読んで思い出したのは、熱平衡という概念だ。黒体というのは、その内部が熱平衡になっている物体のことだ。熱平衡にある物体は、その個性を失い、温度だけで特徴づけられるようになる、というのを確か熱力学か統計力学で学んだのを思い出した。
もう一つ、気をつけなければならないのは、「黒体」と「黒体輻射」という2つの用語の使い分けだ。どちらも「黒体」を含んでいる訳だが、実はかなり物理的な意味は異なる。実は、「太陽は黒体だ」というのはあまり正しくなく(まったくの間違いではないとは思うが)、「太陽光のスペクトルは、黒体輻射の分布とみなすことができる」というのが正しい言い方だと思う。
黒体の厳密な定義を、明快に与えてくれる教科書を私は持っていない。そこで、ネットで調べることにした。黒体の概念は現代物理ではあまり利用しないので、現代の教科書にはあまり詳しく書いてない。むしろ、絶版になったような大昔の教科書の方が丁寧に書いてあるはずだ。そこで、Open Libraryを利用することにした。
このwebsiteは本当に凄い!著作権の切れた古い本のpdfが無料で読めるのだ!(もちろん、利用はアカデミックな用途に限る。)ニュートンのプリンキピアとか、光学とか、初めて現物(のスキャン)をみることができたのは、本当に感動した。「光学」にある虹の説明図は本当に美しい!(印刷して今度部屋に飾っておこう。)今回は、黒体輻射の公式を発見し、1918年のノーベル物理学賞を受賞したMax Planck本人が書いた教科書"The Theory of Heat Radiation"をダウンロードして読んでみることにした。オリジナルはドイツ語なので、これは英語への翻訳だ。しかし、この本はほんとうに素晴らしい!
ついに、黒体の正確な定義の書いてある本を見つけることができた。そして、それは黒体研究の第一人者本人の書いた本だから、これ以上正確な説明はないだろう。しかも、それはドイツ人と来ている。省略なしの精密な説明が列挙されていて、非常に分かり易い。
(つづく)
2011年12月17日土曜日
論文受理される
秋の学会で、ヨーロッパとアメリカのライバル研究者たちが、自分と同じような研究をしていることが判明し、おお慌てで書いた論文が受理された。やった!
レフェリーレポートは最初から好意的だったと思うが、2、3こちらの能力を試すような難しい問題も突きつけて来て、最後はちょっとヒヤヒヤした。その一つは、おそらくレフェリー自身が昔書いたと思われる、難解で長い数学的な論文に関してのもの。「この論文をちゃんと理解した上で今回の論文を書いているのか?」という質問だった。これは要するに自分の論文を引用せよ、ということなわけだが、ただ引用しただけだと、馬鹿扱いされてイチャモンを付けてくるのは明らか。細部まで理解し、今回の論文の内容とどう違うのか、どこが「劣っていたのか」を適切に説明しないといけない。しかし、あまり否定しすぎると、今度はこちらの論文の否定に転ずるのは明らか。論理的に、過去の仕事より優れているということを慎重に指摘しないといけない。自分の仕事を否定されたり、劣っていると言われるのは嫌なことだ。そこを、「なるほどね。たしかにそれは新しいし、よくこんなこと思いついたね。一本とられたよ」と言わせないといけない。心理戦は消耗する。
とはいえ、いいクリスマスプレゼントを貰った気分。これで楽しく年越しできそう、といいたいところだが、次の論文が早くも競争状態になっているし、実は教科書執筆の締め切りが....ということで、休む暇ないかも。(入学試験の時期も近いし...今年は出張が一つある...)
レフェリーレポートは最初から好意的だったと思うが、2、3こちらの能力を試すような難しい問題も突きつけて来て、最後はちょっとヒヤヒヤした。その一つは、おそらくレフェリー自身が昔書いたと思われる、難解で長い数学的な論文に関してのもの。「この論文をちゃんと理解した上で今回の論文を書いているのか?」という質問だった。これは要するに自分の論文を引用せよ、ということなわけだが、ただ引用しただけだと、馬鹿扱いされてイチャモンを付けてくるのは明らか。細部まで理解し、今回の論文の内容とどう違うのか、どこが「劣っていたのか」を適切に説明しないといけない。しかし、あまり否定しすぎると、今度はこちらの論文の否定に転ずるのは明らか。論理的に、過去の仕事より優れているということを慎重に指摘しないといけない。自分の仕事を否定されたり、劣っていると言われるのは嫌なことだ。そこを、「なるほどね。たしかにそれは新しいし、よくこんなこと思いついたね。一本とられたよ」と言わせないといけない。心理戦は消耗する。
とはいえ、いいクリスマスプレゼントを貰った気分。これで楽しく年越しできそう、といいたいところだが、次の論文が早くも競争状態になっているし、実は教科書執筆の締め切りが....ということで、休む暇ないかも。(入学試験の時期も近いし...今年は出張が一つある...)
2011年11月29日火曜日
レフェリーの仕事
今年はレフェリーの仕事を久しぶりにやった。しかも2つ続けて来た。
英国でのメールアドレスをばっさり切られてしまったので(Computer managerの性格の問題だと思う)forwardしてもらえなかったけれど、そのかわり世界に対して「行方不明」になることができた。忙しいときに限ってやってくるレフェリーの依頼から、しばらく逃げていたので、随分平穏な日々を過ごすことができた。しかし、自分で論文を書き出して、居場所がついに割れてしまったようだ。
それでも、レフェリーレポートを出した後は「物理学会に貢献している」という気分に浸れるし、悪い気持ちはしない。いろいろ勉強にもなる。いい論文はencourageし、悪い仕事はバッサリ切れるような、いいレフェリーになりたいものだ。
英国でのメールアドレスをばっさり切られてしまったので(Computer managerの性格の問題だと思う)forwardしてもらえなかったけれど、そのかわり世界に対して「行方不明」になることができた。忙しいときに限ってやってくるレフェリーの依頼から、しばらく逃げていたので、随分平穏な日々を過ごすことができた。しかし、自分で論文を書き出して、居場所がついに割れてしまったようだ。
それでも、レフェリーレポートを出した後は「物理学会に貢献している」という気分に浸れるし、悪い気持ちはしない。いろいろ勉強にもなる。いい論文はencourageし、悪い仕事はバッサリ切れるような、いいレフェリーになりたいものだ。
2011年10月11日火曜日
答案の最後の見直し
最後に試験を受けたのは...大学院の入試だが、あまり記憶に残ってない。覚えているのは、真夏の東京の、クーラーの無い教室で受験したこと。吹き出した汗で、答案が腕に張り付いてしまって困った。待てよ、大学院の授業でも試験を受けたはず。最後の科目は...覚えてない。いや、成績考査は全部レポートだったかな?だとすると、やっぱり大学院入試が最後の試験だ。(追記:そういえば、英国の永住許可証を取った時に、テストを受けたのを思い出した。英国の祝日の日付とか、人種の割合とか、結構細かい数字まで暗記したが忘れてしまった...)
それからもう何年も経った。しかし、試験の記憶というのはなかなか消えてなくならないものだ。北京大学出身の友人は、今でも夢でうなされるという。さすがに、そこまではいかないものの、確かに嫌な思い出が多い。
試験時間が足りなくて焦ったこともあるが、逆に余って余って仕方ないときもあった。小学校では問題なかった。人より早く解いて、そのまま提出しても、だいたいいい点がとれた。中学校でも最初の頃は答案を早々と提出してしまったが、ケアレスミスに悔しい思いをした。高校に上がってもこの癖はなかなか抜けず、特に物理では、最初にミスってしまうと、坂道を滑り落ちる質点の如く、どん底に落ちてしまうことがあった。そこで、大学入試を受けるあたりから、余った時間は無駄にせず、見直ししようということになった。
見直しでは、ケアレスミスを見つけることができたが、同時に正しいと思った答えに突然自信がなくなり、迷って迷って迷った挙げ句、間違えた選択肢に変えてしまったこともあった。また、「合っているはずだよ。もう疲れたから早く引き上げたい」、という負けの心に打ち勝てず、ミスを見逃すことも多かった。基本的に楽天的な性格なので、細かい点に注意を向けるのが苦手だった。しかし、それでは科学者になるのは難しい、と次第に悟る。予備校で出会った全国から集まった友人たちには衝撃を受けた。トップの大学を狙う人間たちの中にあって、自分が埋没する感覚を初めて味わった。実際、その中の3、4人ほどが後に科学者となって、東大、慶応、そして理化学研究所などで教授や主任研究員となり、今も活躍している。ここでようやく、答案の見直しを真剣にやるようになった。そして、結構精神力が強くないと、見直しというのはできないと骨身に染みてわかった。そして、最後の踏ん張りというのはとても大切だということを学んだし、身につけたと思う。
試験から遠ざかって、しばらく、この「見直し」の感覚から遠ざかっていた。実は、先日、久方ぶりの論文投稿をしたのだが、共同研究者の粘りを見て、この感覚を思い出した。粘ると意外にアイデアが出てくる。そして、それが論文をいいものにする。レフェリーとして見た時、確かにnon-trivialな一歩前進が記述されている論文を見ると、OK!と一発で通したくなる。一方で、ごちゃごちゃと色々なことが「全部書けばいいんだろ。俺は論文数だけ増えりゃ、それでいいんだよ。とにかく早く通してよ。」と嫌々羅列された論文には辟易する。(実は、最近そういう論文の査読を担当したのだ....英語のスペルミスもグラマーの間違いもあちこちにあって、まさに雑だった。)自分も実はこのような論文の書き手になりそうになっていたことに、気づかされたのだった。
「答案の見直し」は、誠心誠意やらないといけない。とても疲れるが。勝っていると思っても、最後の瞬間まで努力しないと勝負を決めることはできない。これはスポーツと同じ。
それからもう何年も経った。しかし、試験の記憶というのはなかなか消えてなくならないものだ。北京大学出身の友人は、今でも夢でうなされるという。さすがに、そこまではいかないものの、確かに嫌な思い出が多い。
試験時間が足りなくて焦ったこともあるが、逆に余って余って仕方ないときもあった。小学校では問題なかった。人より早く解いて、そのまま提出しても、だいたいいい点がとれた。中学校でも最初の頃は答案を早々と提出してしまったが、ケアレスミスに悔しい思いをした。高校に上がってもこの癖はなかなか抜けず、特に物理では、最初にミスってしまうと、坂道を滑り落ちる質点の如く、どん底に落ちてしまうことがあった。そこで、大学入試を受けるあたりから、余った時間は無駄にせず、見直ししようということになった。
見直しでは、ケアレスミスを見つけることができたが、同時に正しいと思った答えに突然自信がなくなり、迷って迷って迷った挙げ句、間違えた選択肢に変えてしまったこともあった。また、「合っているはずだよ。もう疲れたから早く引き上げたい」、という負けの心に打ち勝てず、ミスを見逃すことも多かった。基本的に楽天的な性格なので、細かい点に注意を向けるのが苦手だった。しかし、それでは科学者になるのは難しい、と次第に悟る。予備校で出会った全国から集まった友人たちには衝撃を受けた。トップの大学を狙う人間たちの中にあって、自分が埋没する感覚を初めて味わった。実際、その中の3、4人ほどが後に科学者となって、東大、慶応、そして理化学研究所などで教授や主任研究員となり、今も活躍している。ここでようやく、答案の見直しを真剣にやるようになった。そして、結構精神力が強くないと、見直しというのはできないと骨身に染みてわかった。そして、最後の踏ん張りというのはとても大切だということを学んだし、身につけたと思う。
試験から遠ざかって、しばらく、この「見直し」の感覚から遠ざかっていた。実は、先日、久方ぶりの論文投稿をしたのだが、共同研究者の粘りを見て、この感覚を思い出した。粘ると意外にアイデアが出てくる。そして、それが論文をいいものにする。レフェリーとして見た時、確かにnon-trivialな一歩前進が記述されている論文を見ると、OK!と一発で通したくなる。一方で、ごちゃごちゃと色々なことが「全部書けばいいんだろ。俺は論文数だけ増えりゃ、それでいいんだよ。とにかく早く通してよ。」と嫌々羅列された論文には辟易する。(実は、最近そういう論文の査読を担当したのだ....英語のスペルミスもグラマーの間違いもあちこちにあって、まさに雑だった。)自分も実はこのような論文の書き手になりそうになっていたことに、気づかされたのだった。
「答案の見直し」は、誠心誠意やらないといけない。とても疲れるが。勝っていると思っても、最後の瞬間まで努力しないと勝負を決めることはできない。これはスポーツと同じ。
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