肥田舜太郎/鎌仲ひとみ著
「内部被曝の脅威 ——原爆から劣化ウラン弾まで」
ちくま新書(2005年)
を読んだ。これも福島の原発事故よりずっと前に書かれた本だ。
肥田氏は医者で、広島で被曝しているし、原爆で苦しむ人たちを爆弾炸裂の直後から、今に至るまでずっと治療し続けて来ている素晴らしい人。鎌仲氏はジャーナリスト。
原爆投下の日、およびそれからの広島の地獄絵の描写などは、実際に体験した人にしか書けない臨場感があり、それだけでもショックを受ける。強い放射線を浴びて死ぬ、ということの意味を、広島の医者が教えてくれる貴重な本だと思う。
しかし、この本がもっと素晴らしいものになっているのは、外部被曝ばかりに焦点を当てているのではなく、内部被曝に最重要ポイントを置いている点だ。その恐ろしさを長年見て来た医者だからこそ、真実味をもって伝えてくれるありがたい本。
内部被曝に関するデータが少ないということ、臨床例が少なく学術的にも医学的にもその影響が決まっていないこと、などなど、報道や政府の発表ではクドいほど繰り返されて来た。「直ちに影響はない」という今では有名になった政府発表は、この事実を反映しているように見える。
しかし、この本によると、それは米軍や日本政府による「意図的な情報操作」だという。内部被曝が長い年月を経て健康を害するものであれば、直接の被爆者よりも多くの人命が影響を受ける。補償問題が絡むことを考えれば、当局としては「直爆の影響のみが放射線障害だ」と結論づけてしまえば、その障害を持ちながら20年後に生き続け、訴訟してくるものはほとんどゼロだ。というのは、そういう人たちは死んでしまうから。
一方、内部被曝に苦しむ人たちは生き地獄を味わうことになる。言い換えれば、50年経っても訴訟を起こして問題を追及してくる。しかも、直爆で死ぬ人たちより圧倒的に人数が多い。もし内部被曝を認めてしまうと、原爆被害者にせよ、原発事故の被害者にせよ、原爆実験の米兵犠牲者にせよ、劣化ウラン弾を使った軍人にせよ、打ち込まれたアラブの子供達にせよ、大金を支払って補償しなくてはならない。当局にしてみれば、「それはまずい」ということだろうか?
原爆からの放射能塵を吸い込んで、内部被曝に苦しむ広島、長崎の人々の症状とはどういうものか?それは血を吹いたり、毛が抜けたり、青黒い斑点が出たりといったものではない。皆勤賞をもらって健康だった子供たちが、脱力感を訴えて何も出来なくなったり、具合が悪くなって一日寝込むようになったり、やる気がわかず鬱病のようになったり、などそういう曖昧な症状だという。これを「ぶらぶら病」と地元の人たちは呼んでいたという。このような症状が何年も、何十年も続いて、最後は平均寿命よりもはるかに手前の年齢で癌や白血病を何度も発症して、最後は体力尽きて死んでいく、というのが原爆による内部被曝者の症状らしい。劣化ウラン弾の蒸気を吸い込んだ湾岸帰還兵も、ウラン弾を打ち込まれたイラクの子供達も、似たような症状を見せているという。
では科学的にはどうなのか?一番大切な広島/長崎での臨床資料は米軍が全て接収してしまい、機密扱いになっているため、見ることができない。チェルノブイリの事故で初めて判ったのは、ヨウ素131による牛乳、飲み水の汚染のよる若年性甲状腺癌の問題。事故から5から10年程度で問題となり始めた。セシウム137、134の影響についてはまだ研究が進んでいないのだろう。半減期が30年もあるから、その効果が見えてくるのは60年後、100年後なのかもしれない。
生体実験は出来ないが、いろいろな研究は少しずつだが進んでいるようで、なかでもペトカワ効果というのが紹介されていた。1972年のカナダの学者により発見された、低線量被曝の影響を最初に指摘した現象だ。この実験では、細胞膜に構造がよく似た燐脂質の膜を牛の脳みその細胞を原料に作り出す。そして、この細胞膜に似た構造が放射線によって破壊される様子を調べる。
まずは、X線を強いレベルにして照射する。ただし、一回の照射は短時間に抑える。詳しいことが書いてなかったので想像になるが、だいたい一回の照射が2秒程度で、それを一時間おきに58回照射して、全部で35Svを浴びせた。これで膜は壊れたそうだが、逆に言うとこれほど強くやらなないと膜は壊れないということだ。
次は、偶然だったそうだが、ナトリウム22の弱い線源(半減期14時間で、陽電子を出す、つまりベータ線を放出する)を使った実験。10μSv/分の放射線を12分間あて続けたら(合計の線量が書いてあったが、計算があわない....ミス?)、あっけなく膜は壊れたという。
低線量に曝され続けた方が、高線量を散発的に浴びるよりも危険だろう、という結論だ。内部被曝が外部被曝より怖い事例は存在するということだ。
低線量被曝の恐ろしさの原因についての説明は次の通り。原因の一つは、フリーラジカル(活性酸素)だ。老化や生物に寿命があることの原因だとされている。散発的な外部被曝の場合、一度細胞やDNAが破壊されても、次の照射までに修復できれば問題は生じない。一方、内部被曝というのは、体内で常に放射線に曝されているので、修復する時間がないのだという。さらに、細胞に対する攻撃に、放射線によって生成された活性酸素も加わり、損害が倍増する。また、低レベルの放射線によるDNA損傷は「破壊的」ではないため、損傷を受けたまま複製のプロセスまで進んでしまうという。このようなことが重なって、内部被曝が生体に与える影響が無視できなくなるらしい。そして、その影響はじわじわと広がって、病気になったり、体の異変が生じるまで何十年、あるいは数世代かかることもあり得る、というから恐ろしい。あなたの病気が200年前の江戸幕府の御用学者によるある実験のせいだ、といわれてもピンとこない!核兵器を使った者、原発事故を起こした者、みんな「死に逃げ」してしまう。「ひき逃げ」は許されないのに。
ちなみにこの本、いろいろ間違いがある。一つは上でも書いたが、計算が合わなかったり、実験の詳細がよくわからないケース。こういうところは、キチンと書いておかないと、科学的には突っ込まれる。日頃接していて、医者というのは現象(病状)を回避(軽減)しようとするけれど、原因を突き止める態度が弱い時がある。そういう意味では、医者は科学者ではないと思ってしまう。この本を書いた医師も、ところどころに論理の矛盾点や計算につじつまが合わない所があり、現象から入る癖が見え隠れする欠点がある。
もうひとつ。放射線を「分子」だと思っているようで、そのような表現があちこちに見られる。放射線は原子核(α)あるいは素粒子(β、γ、あるいは中性子)であり、分子なんかよりずっと小さい!原子や分子なら、うまくすれば電子顕微鏡で「見る」ことは可能だが、放射線を見ることは電子顕微鏡でも不可能。この誤認は大きな問題なので、一般の人が誤解しないよう、早く書き直した方がよいと思う。
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