2011年4月3日日曜日

毒蛇の舌:放射能物質の飛散シミュレーション

現在までの報道を見る限り、福島第一原発から拡散する放射性物質のうち、ヨウ素131とセシウム137の飛散が問題となっている。両者ともに揮発性の物質だということで、気化して風に乗って飛散しやすいからだという。高層中の気化物質が地上に降りてくるタイミングは、「水に溶けた時」つまり降雨のとき。実際、東京の水道水が汚染されたのも雨が降った後だった。

ヨウ素131の半減期は8日なので、飛散直後に汚染された水、土ぼこり、雨水に多く含まれるはずで、触ったり、吸い込んだり、飲むのをなるべく避けるべき。とはいえ、一週間程度で崩壊して安全な物質へと変わるので、家で一週間じっとしていれば、切り抜けられる。

一方、セシウム137は半減期が30年程度なので、長期間に渡って影響が持続する。特にまずいのが飲み込んだり、吸い込んだりすること。つまり、内部被爆だ。

セシウム137で一度汚染された土地では、そこから逃げるか、あるいは大規模な除染以外打つ手はないだろう。今のところ、その飛散量は少なく、汚染期間が短いので問題はないだろう。しかし、環境汚染が長引くと吸い込んだり、飲んだりしてしまって、体内被爆の可能性が高まる。これが一番よくない。その量が少ないならば、セシウム137を体内に取り込んでしまっても、排泄される割合は大きいだろう。しかし、大量に摂取してしまうと「体内残留するのはわずかな割合」だといっても、その絶対値は大きくなる。極端な例で言えば、1gの0.1%は0.001gつまり1ミリグラムに過ぎないが、1トンの0.1%は1kgにもなる。放射線の影響は「割合」ではなく「絶対量」だから、たくさん体に入れるのがとにかくよくない。(半減期の長い放射性物質は、その放射期間は長期に渡るが、量が少なければ放射線が出る間隔が長くなる、つまり頻度が下がる。こうして、組織修復のサイクルに比べて組織破壊のサイクルが長くなり、悪影響は抑えられると思われる。)

福島の事故現場から環境中に漏れだしている放射性物質はまだ少ないし、濃度も低い。しかし、どうもその漏れだす期間が長期化しそうな気配だ。半減期の長いセシウム137のような放射能物質の場合、その濃度が低いとしても、健康に対する影響はその時間と空間の積分できまるから、長期化すると実質的な問題となる。特に、食品となる植物/動物は汚染物質を年々濃縮する性質があるから、そういうのを「長期間」食べ続ける状況はとにかくよくない。どのくらいよくないかを定量的に示すには、正確な地形、気流、海流、気象データを使って流体モデルや拡散モデルをつくり、1月、1年、10年などといった期間別に、シミュレートする必要がある。

そういう数値計算シミュレーションは世界各国にあって、特にチェルノブイリで苦しめられたヨーロッパ諸国にはそういうソフトウェアがいろいろあるようだ。日本も多額の税金を使って放射性物質拡散シミュレーションのプログラムを開発したらしい。SPEEDIと呼ばれている計算システムだ。面白いことに(というか不思議なことに)SPEEDIのホームページでは、SPEEDIの結果を見ることは出来ない。なぜかわからないが、その計算結果を公表していない。普通は、天気予報のように、定期的に計算した結果を公表するべきものなのに、なにかが変だ。このシステムで計算した結果は、事故の約二週間後、ただ一回だけ、原子力安全委員会からPDFの形で公表されただけだ。こんなに遅い発表では、避難するときの手助けには到底なりえない。

SPEEDIなぞに頼らなくても、日本の科学者だったら、自前でシミュレーションプログラムを書いて、もっと「スピーディに」役に立つ情報を発信できるはずだ。しかし、報道によると、そういう計算を「自粛」するよう通達があった、というから驚いた。この通達を出した人間が何を考えているかわからないが、世の中が日本だけしか存在しないかのような、モノの考え方だ。日本の科学者がやらなくても、世界の科学者は、もう既に毎日毎日計算を行い、天気予報のように「放射能予報」を行っている。

ドイツの気象庁(DWD)の計算の例が次の写真。


ドイツ気象庁による、放射能物質拡散シミュレーション(「放射能予報」に相当)。
4月3日に計算した3日後の予想。
西日本にも「放射能をもった雲」が広がる様子が見える。
4/4に計算した明後日(4/6)の「放射能予報」。
東京、大阪、名古屋、京都、神戸、福岡といった大都市はもちろん、
中国地方、四国、九州も「雲」の下になった。
特に、仙台の海岸沿いには放射能の強い雲がかかっている。

DWDの計算は毎日更新されているので、福島から放射性物質が出続ける限り、天気予報とともに、毎日確認すべき情報だろう。つまり、放射能物質の広がりだけでなく、雨の降るタイミングも知る必要があるからだ。

もう一つは、英国の気象サービス会社の提供するシミュレーション。ドイツ気象庁と異なり、複数のモデルに基づく計算結果を比べてみることができる。また、放射性物質別に広がりを見ることができる。(重い同位体は飛び難いので、ヨウ素131とセシウム137の飛び方は若干ずれがある。)Loopを選ぶと、拡散の様子をアニメーションでみることができる。その様子はまるで「毒蛇の舌」のように見える。(濃度の濃い赤い部分に注目してみた場合。)

FLEXPART拡散モデルによる、ヨウ素131の4/4の拡散予想。
赤い部分が毒蛇の舌のようだ。
同じモデルで計算した、セシウム137の拡散予想(4/4)。
ヨウ素131より重いため、飛散距離が短いのがわかる。

計算結果を見ればわかるように、放射性物質は国境を超えて飛散している。計算結果だって、ネットをつかって国境を超えてくる。日本の為政者たちは「国際化」しないといけない。

注意:「蛇の舌」のシミュレーションは、福島原発から発せられる「放射能物質の濃度」を100%として、それがどうのように拡散していくかを計算している。したがって、大元の、つまり福島原発の濃度の絶対値が低ければ、「蛇の舌」に舐められたとしても、短期的にはそれほど問題にはならないだろう。問題となるのは、福島原発からでる放射能が強い時や、何度も何度も蛇の舌がやってくる場合。

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